「殊」

白川静『常用字解』
「形声。音符は朱。説文に「死ころすなり」とあるが、それは誅(ころす)と音が通じて通用するからである。ころすの意味の字は誅がものの字であろう。殊は“ことなる、ことにすぐれる”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では朱からの説明ができないから、殊の字源が明らかになっていない。
殊は古典で次の用例がある。
①原文:今世殊死者相枕也。
 訓読:今世殊死する者、相枕チンするなり。
 翻訳:現代では死刑になった者が重なり合うほど多い――『荘子』在宥
②原文:天下同歸而殊塗。
 訓読:天下帰キを同じくして塗トを殊(こと)にす。
 翻訳:天下のことは帰着点は同じだが、道程が別々だ――『易経』繫辞伝下

①は頭と胴体を切り離す(殺す)の意味、②は別々に分かれる(ことにする)の意味で使われている。これを古典漢語でdhiug(呉音でズ・ジュ、漢音でシュ)という。これを代替する視覚記号として殊が考案された。
殊は「朱(音・イメージ記号)+歹(限定符号)」と解析する。朱は「途中で断ち切る」というイメージがある(782「朱」、786「株」を見よ)。図示すると―|―の形、A|Bの形である。歹は崩れた骨や死体・死亡と関係があることを示す限定符号である。したがって殊は頭と胴体を―|―の形に切り離す情景を設定した図形。この意匠によって上の①の意味をもつdhiugを表記する。
意味はコアイメージによって展開する。「途中で断ち切る」というコアイメーは「―|―の形、A|Bの形に切り離す」のイメージに転化する。切り離されるとAとBに分かれる。だから②の意味が生まれる。また、AとBは違ったものになる。ここから、他と違っている(ことなる)の意味、普通とは違っている(それだけ特別である)、他と違って特別に(ことに)の意味が派生する。