「寿」
旧字体は「壽」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は𠷎。𠷎は田の疇うねの間にᆸ(祝詞を入れる器)を置いて豊作を禱るの意味で、禱(いのる)のもとの字である。壽は老の一部を省略した耂と𠷎とを組み合わせた形で、人の長寿を祈ることをいう」


[考察]
形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。𠷎(豊作を祈る)+耂(老)→長寿を祈るという意味を導く。
𠷎に「豊作を祈る」という意味はない。田の畝の間に祝詞を入れる器を置くという事態があるだろうか。そもそも祝詞は口で唱える祈りの文句であり、聴覚言語である。これを器に入れるとはどういうことか。口で唱えるだけでよいのになぜわざわざ器に入れる必要があるのか。理解に苦しむ。
また、壽に「長寿の人を祝う」という意味はあるが、「人が長寿になることを祈る」という意味はない。
白川漢字学説では図形的解釈と意味を混同している。意味は「言葉の意味」であって字形に求めるべきではない。意味は言葉の使用される文脈に求めるべきである。壽は次のような文脈で使われている。
①原文:如南山之壽 不騫不崩
 訓読:南山の寿の如く 騫(か)けず崩れず
 翻訳:南山のとこしえの命さながら 欠けもせず崩れもしない――『詩経』小雅・天保
②原文:萬壽無疆
 訓読:万寿疆(かぎ)り無し
 翻訳:万年まで長生きを――『詩経』豳風・七月

①は命が長い(長生きする、長生き)の意味、②は年の意味で使われている。これを古典漢語でdhiog(呉音でジュ、漢音でシウ)という。これを代替する視覚記号として壽が考案された。
楷書は形が崩れて分析が難しいが、篆文は「𠷎+耂」と分析できる。𠷎は「𠃬+口」と分析できる。古い字体は「𠃬(チュウ)(音・イメージ記号)+耂(=老。限定符号)」となっている。𠃬は田んぼの畦の形。範疇の疇(田の畦)の原字である。畦道がうねうねと長く曲がりくねって延びた図形である。これで「長く延びる」というイメージを表すことができる。したがって「𠃬+耂」の図形は、老人の年が長く延びて久しい状況を暗示させる。次に字体が変わった。音・イメージ記号が𠃬から𠷎になった。𠷎は「𠃬(音・イメージ記号)+口(限定符号)」を合わせて、声(言葉)を長く延ばして祈る状況を暗示させる。これは祈禱の禱の原字である。𠷎も「長く延びる」というイメージを表すことができる。次に三度字体が変わった。𠷎に又(動作を示す限定符号)を添えた字体になり、最後に又を寸に改めた字体になった。このようにして壽が成立する。
まとめると、「𠃬+耂」→「𠷎+耂」→「𠭵+耂」→「[𠷎+寸]+耂」となった。
音・イメージ記号の部分はすべて「長く延びる」というコアイメージを表している。だから長生きの意味をもつdhiogを壽で表記することが可能になった。