「需」

白川静『常用字解』
「会意。雨と而とを組み合わせた形。而は頭髪を切って髻まげのない人の形で、巫祝をいう。ひでりのときの雨乞いは巫祝たちによって行われ、需とは雨を需もとめ、需つことをいう」

[考察]
形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。而(巫祝)+雨→雨を求め、雨を待つという意味を導く。
而に巫祝という意味があるだろうか。そんな意味はあり得ない。頭髪を切った人が巫祝であるという必然性がない。字形から意味を導くというのが白川漢字学説の方法であるが、意味は「言葉の意味」であって字形に求めるのは筋違いである。意味は言葉が使われている文脈に求めるべきである。需は次の用例がある。
①原文:需須也。險在前也、剛健而不陷。
 訓読:需は須なり。険前に在るも、剛健にして陥らず。
 翻訳:需は待つことだ。危険が前にあっても、辛抱強くしていれば陥らない――『易経』需
②原文:以君畏臣、以上需下、則示弱而取陵。
 訓読:君を以て臣を畏れ、上を以て下に需(もと)むれば、則ち弱を示して陵を取る。
 翻訳:君主が臣下を恐れ、上の者が下の者に求めると、弱みを見せてあなどられる――『潜夫論』正列

①はじっと待つ意味、②は求める意味で使われている。これを古典漢語ではn(s)iug(呉音でス、漢音でシュ)という。これを代替する視覚記号として需が考案された。
「まつ」と「もとめる」は何の関係があるのか。言葉の深層構造に迫らないと理解できない。字源にヒントが隠されている。
需は「而ジ(音・イメージ記号)+雨(限定符号)」と解析する。而については『説文解字』に「而は頰の毛なり」とあり、耏ジ(頰ひげ)の原字である。しかし実体に重点があるのではなく形態に重点がある。頰ひげはふさふさと垂れた形状から「柔らかい」というイメージがある。漢語意味論では「柔らかい」というイメージは「粘り強い」というイメージに転化することがある(例えば耐・奴)。柔らかさが強さになるのは、粘着性という物理的なイメージが介在するからである。粘りつくと物は流動しない。じっと動きを止める。だから「粘り強い」のイメージは「スムーズに動かない」というイメージに転化する。このように「柔らかい」→「粘り強い」→「粘りつく」→「スムーズに動かない」というイメージ展開がある。雨は雨と関係があることを示す限定符号。限定符号は意味領域を指定する働きのほかに、図形的意匠を作るための場面設定の働きもある。需は雨の場面が設定される。雨に濡れて物が柔らかくなってねばつく情景が設定されたのが需の図形である。この意匠によって「柔らかい」「粘りつく」というイメージを表すことができる。これは需のコアイメージである。このコアイメージが具体的文脈で使われるのが①と②の意味である。
上記の通り「柔らかい」→「粘り強い」→「スムーズに動かない(じっと止まる)」とイメージが展開する。ここから、自分では動かないで何かを期待して粘り強く待つという意味が実現される。これが①である。次に、こちらにないものを相手に期待して求めるという意味が実現される。これが②である。