「樹」

白川静『常用字解』
「形声。音符は尌。尌は壴(鼓)を手(寸)でうつ形で、農耕儀礼に関する字である。尌に木を加えた樹は、鼓の音をうち鳴らして樹木の生育の力を促すことを示す」

[考察]
鼓を手で打つ形がなぜ農耕儀礼に関係があるのか。鼓の音を打ち鳴らして樹木の生育の力を促すとはどういうことか。生育を促す行為からなぜ「木、立ち木」の意味が生まれるのか。疑問である。
字形から意味を引き出そうとするから、無理な解釈をする。意味は字形ではなく、言葉の使われる文脈に求めるべきである。樹は次の用例がある。
①原文:思其人猶愛其樹。
 訓読:其の人を思へば猶其の樹を愛す。
 翻訳:その[木を植えた]人を思うと、やはりその木がいとしくなる――『春秋左氏伝』定公九年
②原文:焉得諼草 言樹之背
 訓読:焉(いづく)にか諼草ケンソウを得て 言(ここ)に之を背に樹(た)てん
 翻訳:どこにあるのかワスレグサ 背中に立てて憂さ晴らし――『詩経』衛風・伯兮

①は立ち木の意味、②は立てる意味に使われている。これを古典漢語ではdhiug(呉音でズ・ジュ、漢音でシュ)という。これを代替する視覚記号として樹が考案された。
樹は「尌ジュ(音・イメージ記号)+木(限定符号)」と解析する。尌は「壴+寸」に分析する。壴は鼓の左側に含まれ、台の上に太鼓を立てた形。「⊥の形にじっと立つ」というイメージを表す記号になる。「壴チュ(音・イメージ記号)+寸(手の動作に関わる限定符号)」を合わせた尌は、じっと立てる動作を表す。尌も「⊥の形にじっと立つ」「まっすぐに立つ」というイメージを表すことができる。かくて樹は地上にまっすぐ立つ木を暗示させる。
古典に「樹は植(まっすぐ立てて植える)なり」「樹は竪ジュ(たて)なり」とあり、幹がまっすぐに立つ姿に着目して命名された言葉がdhiug(樹)である。樹は「立ち木」であって、木とは発想の違う言葉である。