「臭」
旧字体は「臭」である。

白川静『常用字解』
「会意。自は鼻の形。犬は動物の中で臭をかぎわける嗅覚が特に鋭いものであるから、犬の鼻を意味する臭は“におい、におい、においをかぐ” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説は字形の解釈と意味を混同する傾向がある。「犬の鼻」は臭の図形的解釈であろう。言葉という視点がなく、字形から意味を読み取ると、往々にして意味を捉えそこねる。臭はただ「におい、におう」の意味であって、犬とは関係がない。
漢字は「形→意味」の方向ではなく、「意味→形」の方向に見るべきである。これを逆にすると上のような図形的解釈と意味の混同が起こる。
では意味は何から分かるのか。言葉という視点に立って、言葉が使われる文脈を調べることによって分かる。臭は次の用例がある。
①原文:上天之載 無聲無臭
 訓読:上天の載(こと)は 声無く臭ひ無し
 翻訳:天の神の行いは 声もなく臭いもない――『詩経』大雅・文王
②原文:三臭之不食也。
 訓読:三たび之を臭(か)げども食はず。
 翻訳:三回臭いをかいだが食わなかった――『荀子』礼論

①はにおいの意味、②はにおいをかぐ意味に使われている。古典漢語で①はkiog(tʃ'iəu、呉音でシュ、漢音でシウ)、②はhiog(呉音でク、漢音でキウ)という。①②を代替する視覚記号として臭が考案された。
古代ではにおいは気の一種と考えられ、これが鼻の奥深くへ進入して感じられるのがにおいとされた。kiogという語は究や考と同源である。これらの語は「奥深く突き詰める」というコアイメージがある。以上は語源。
次は字源。臭は「自(イメージ記号)+犬(限定符号)」と解析する。自は鼻の形。しかし鼻という実体を指すのではなく、鼻の機能をイメージとして利用したもの。鼻の機能はにおいをかぐことにある。犬は犬に関わる限定符号。限定符号は意味領域を限定するほかに、図形的意匠を作るための場面設定の働きがある。犬がにおいをかぎ分ける場面を設定したのが臭である。この図形的意匠によって①②の意味をもつkiogを表記した。
なお②は後に嗅と書き、臭から嗅が分化した。