「就」

白川静『常用字解』
「会意。京は出入り口がアーチ形の都の城門の形。上に望楼のある大きな城門で、京観という。尤は殪たおれている犬の形で、この字では犠牲として用いる。京観の築造が終わり落成式を行うとき、犠牲の犬の血をふりそそいで祓い清める釁礼を行うことを就という。これによって京観の築造が成就するので“なる”の意味となる」

[考察]
字形から会意的に意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。会意とはAの意味とBの意味を足し合わせた「A+B」をCの意味とする方法である。京(城門・京観)+犬(倒れた犬)→京観の落成式で、犬の血を降り注いで祓い清める儀礼という意味を導く。京観が成就することから成就の意味に転じたという。
こんな多量の情報が「京+尤」という単純な字形に含まれているだろうか。そもそも尤を倒れた犬と見るのが無理であろう。なぜ倒れた犬を犠牲にし、しかもその血を降り注いで落成式を行うのか。もし祓除が目的なら、建築の前に行うものではないか。
更に疑問は就に上のような意味があるのかである。意味はただ「なる」であって、建物が成就するという意味ではない。上の意味は字形の解釈に過ぎない。しかも尤を犬とするなど、字形の解釈自体に問題がある。
古典から就の用例を見てみよう。
①原文:猶水之就下。
 訓読:猶水の下(ひく)きに就くがごとし。
 翻訳:水が低地に向かうようなものだ――『孟子』離屢上
②原文:昏姻之故 言就爾居
 訓読:昏姻の故 言(ここ)に爾に就きて居る
 翻訳:結婚したせいで お前に寄り添って一緒に住んだ――『詩経』小雅・我行其野
③原文:如殺無道、以就有道、如何。
 訓読:如し無道を殺して、以て有道を就(な)さば、如何(いかん)。
 翻訳:もし不義なやからを殺して、正義を成し遂げるのは、どうでしょうか――『論語』顔淵

①はある所に寄って近づく意味、②は物に寄り添って従う意味、③は寄せ集めて一つにまとめる(成し遂げる)の意味で使われている。これを古典漢語ではdziog(呉音でジュ、漢音でシウ)という。これを代替する視覚記号として就が考案された。
就は「尤ユウ(音・イメージ記号)+京(イメージ補助記号、また限定符号)」と解析する。尤は又(手の形)にーの符号をつけて、手に出来物が生じる情景を描き、疣(いぼ)の原字。ただし実体に重点があるのではなく状態や機能に重点がある。尤は「特定の場所に出現する」というイメージを表すことができる。京は都である。限定符号は図形的意匠を作るための場面設定の働きもある。都市の造営の場面を設定し、特定の場所に人々が集まってきて、都市が出現する情景を暗示させる図形が就である。この意匠によって、多くのものが一つの所に寄り集まるというイメージ、ある場所に寄って近づくというイメージを表すことができる。かくて①~③の意味をもつdziogを就で表記したのである。