「襲」

白川静『常用字解』
「会意。龍と衣とを組み合わせた形。龍は襲と音の関係を考えることができないから、衣の文様とみるほかない。おそらく死者の衣の上に、竜の文様の衣を襲かさねて着せたのであろう。また位を襲ぐ儀礼のとき、その衣を上に襲ねたので、“つぐ、うけつぐ” の意味となる」

[考察]
龍は衣の文様だろうか。龍の文様を刺繡した衣は王の衣である。なぜ「死者の衣」が出るのか。なぜ死者に龍の衣を重ねて着せるのか。「死者の衣」と言いながら、なぜ「位を継ぐ儀礼」が出てくるのか。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法であるが、上の字源説は不自然であり合理性がない。
意味とは「言葉の意味」であって字形にあるものではない。言葉の使われている具体的文脈に求めるべきである。襲は古典に次の用例がある。
①原文:寒不敢襲。
 訓読:寒に敢へて襲ねず。
 翻訳:寒くても重ね着してはいけない――『礼記』内則
②原文:齊侯襲莒。
 訓読:斉侯莒キョを襲ふ。
 翻訳:斉侯は莒[地名]を襲撃した――『春秋』襄公二十三年
③原文:襲湯之緒。
 訓読:湯の緒を襲(つ)ぐ。
 翻訳:湯[殷王の名]の業績を受け継いだ――『墨子』非攻

①は重ね着する意味、②は不意打ちする意味、③受け継ぐ意味で使われている。これを古典漢語ではd(z)iәp(呉音でジフ、漢音でシフ)という。これを代替する視覚記号として襲が考案された。
①②③は一見ばらばらだのようだが、これらの関係を理解する鍵はコアイメージである。古典の注釈では「襲は重なり」とある。襲は畳・習などと同源で、「重なる」がコアイメージである。AがBの上に重なると、AはBを覆いかぶさる形になる。覆いかぶさるようにして打ちかかるというのが②の意味である。また、同じようなものが重なることから、「同じ事態が繰り返される」というイメージに展開する。ここから、前の事態が次にも繰り返される、つまり同じ物事をそのまま次に引き継ぐという意味が生まれる。これが③である。
襲は「龍+衣」の字体(篆文)の前に「龖+衣」の字体(籀文)があった。後者から前者に字体が変化した。龖は龍を二つ並べた形で、これによって「二つ重なる」というイメージを表すことができる。実体の龍(たつ)とは関係がない。龖はdәp(ダフ)と読み、沓・踏と同源の語で、「重なる」というイメージがある。襲は「龖(音・イメージ記号)の略体+衣(限定符号)」と解析する。衣の上にまた衣を重ねて着る情景を暗示させる図形である。この図形的意匠によって①の意味をもつd(z)iәpを表記する。