「充」

白川静『常用字解』
「象形。肥満した人の形。とくに腹部が肥満した人の姿のようである。肥えていえる人は体力・気力が充溢しているとされて、充満の意味となる」

[字形]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。充は肥満した人の形から充満の意味になったという。これはあまりにも安易な字源説である。充の全体が肥満した人の象形文字とは奇抜である。充は「𠫓+儿」に分析するのが普通であろう。『説文解字』では「儿に従ひ育の省声」とする。
形は何とでも解釈できる。字源の前に語源が先立つべきである。語源が字源の恣意的な解釈の歯止めになる。語源の前にはまず意味を確かめる必要がある。意味は字形から来るのではなく、言葉の使われる文脈にある。古典の文脈から意味を知ることができる。
①原文:氣、體之充也。
 訓読:気は体の充なり。
 翻訳:気は体に充満するものだ――『孟子』公孫丑上
②原文:叔兮伯兮 褎如充耳
 訓読:叔よ伯よ 褎ユウとして充耳の如し
 翻訳:叔さん伯さんは [着飾ってはいるが]耳に玉を詰めたような木偶の坊だ――『詩経』邶風・旄丘

①は中身が詰まって満ちる意味、②は中に物を詰めて塞ぐ意味である。これを古典漢語ではt'iung(呉音でシュ、漢音でシュウ)という。これを代替する視覚記号として充が考案された。
古人は「充は終なり」と語源を説いている。終は「いっぱいになって尽きる」というイメージがある(809「終」を見よ)。充と終は「いっぱいになる」というイメージが共通である。このイメージは「満ちる」「詰まる」「塞がる」という三つのイメージに展開するが、これらは可逆的な(相互転化可能な)イメージである。
充は「𠫓+儿」に分析する。𠫓は子の逆さ文字で、頭を下にして生まれる赤子である(32「育」を見よ)。儿は二本の足の形。充は生まれた赤子が二本足で立てるほど成長する状況を設定した図形である。この図形的意匠によって、t'iungのもつコアイメージ「中身がいっぱい詰まる」を暗示させることができる。
「満ちる」「詰まる」というイメージから「塞がる」というイメージにも転化する。これが②の意味を実現させる。