「渋」
旧字体は「澁」である。

白川静『常用字解』
「会意。もとの字は歰に作り、両足が前後相向かい合う形。止は趾あしあとの形で、足の意味。刃は止を逆さまにした形。歰はそろえた足が向かい合って、前に進むことができないので、渋滞の意味となる。澁は水のために進みにくいことをいう」

[考察]
ほぼ妥当であるが、「水のために進みにくい」は水が進行をじゃまして進みにくいという意味か?こんな意味は渋にはない。ただ「進みにくい」であろう。字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法であるが、図形的解釈をストレートに意味とするから、意味に余計な意味素を入り込ませる傾向がある。水は意味素に入らない。
澁の古典における用例を見てみよう。
①原文:四酎幷孰 不歰嗌只
 訓読:四酎幷(なら)びに孰し 嗌(のど)に歰ジュウせず
 翻訳:四度醸した酒はよく熟し のどをすらすら通る――『楚辞』大招
②原文:澁於小便。
 訓読:小便に渋る。
 翻訳:小便の出を悪くする――『素問』痺論

①②とも、つかえてすらすらと通らないという意味である。古典漢語ではsïәp(呉音でシフ、漢音でソフ)という。これを代替する視覚記号が最初は歰、後に澀が考案された。
歰の下部は止(footの形)を二つ並べたもの。上部はこれを上下反転させ、さらに左右反転させたもの。歰は上にこちら向きの足(foot)二つ、下にあちら向きの足二つを配置し、二人の足が対峙して、一歩も進めない場面を設定した図形である。この図形的意匠によって、「スムーズに進めない」「すらすらと通れない」というイメージを表すことができる。澀は「歰ジュウ(音・イメージ記号)+水(限定符号)」を合わせて、障害物や摩擦などがあるため水がスムーズに通らない状況を暗示させる。水という具体は捨象して、「スムーズに通らない」という意味をもつsïәpを澀で表記する。字体は澀→澁→渋と変わった。ただし渋は日本で作られた俗字である。