「獣」
正字(旧字体)は「獸」である。

白川静『常用字解』
「会意。嘼きゅうと犬とを組み合わせた形。嘼の上部は單で、二本の羽飾りのついた楕円形の盾の形で、狩猟のときに使用した。下部の口はᆸ(祝詞を入れる器の形)で、狩猟に先だって行う狩猟の成功を祈る儀礼を嘼という。これに猟犬の犬を加えて、狩りの意味となる」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。單(盾)+口(祝詞を入れる器)→嘼(狩猟の成功を祈る儀礼)。嘼+犬(猟犬)→狩りの意味を導く。
「盾」と「器」から狩猟の成功を祈る儀礼という意味が出るだろうか。祝詞を口で唱える言葉であって、これを器に入れるとはどういうことか。 嘼に「狩猟の成功を祈る儀礼」という意味はあり得ない。
意味は「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。
獸は古典に次の用例がある。
 原文:建旐設旄 搏獸于敖
 訓読:旐チョウを建て旄ボウを設け 獣を敖ゴウに搏(う)つ
 翻訳:立てるは亀の旗ヤクの旗 敖[山名]のふともに獣狩り

上の文献の搏獸は搏狩で、これで狩るの意味とする説もある。獣を狩ることから「けもの」の意味が生まれた。古典漢語でけものをthiog(呉音でシュ、漢音でシウ)という。これを代替する視覚記号として獸が考案された。
古人は「獸は狩なり」と言い、獸と狩を同源と見ている。狩は「枠の中に囲い込む」というイメージがある(784「狩」を見よ)。獲物を追い立てて枠の中に囲い込むこと、つまり狩猟から「けもの」を意味する言葉が造語された。
獸は「嘼キュウ・シュウ(音・イメージ記号)+犬(限定符号)」と解析する。嘼は「單+口(囲いを示す符号)」に分析できる。單は狩猟の道具の形である(「単」で詳述)。嘼は周りを囲んで狩りをする情景を設定した図形である。犬は犬と関係があることを示す限定符号。限定符号は図形的意匠を作るための場面設定の働きがある。獸は周囲を囲んで犬に獲物を追い立てさせる場面を設定した図形である。この図形的意匠によって、けものを意味するthiogを表記した。