「宿」

白川静『常用字解』
「会意。宀と𠈇しゅくとを組み合わせた形。宀は祖先の霊を祭る廟の屋根の形。𠈇は㐁席てんせき(敷きもの)に人が寝ている形。廟などの神聖な建物に宿直することをいう」


[考察]
𠈇はシュクの音だから形声のはず。白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。宀(廟の屋根)+𠈇(敷物に人が寝る)→神聖な建物に宿直するという意味を導く。
字形の解釈をそのまま意味とするのが白川漢字学説の特徴である。しかし宿はそんな意味ではなくただ「やどる」の意味である。意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。宿は古典に次の用例がある。
 原文:出宿于干 飲餞于言
 訓読:出でて干に宿り 言に飲餞す
 翻訳:外出して干[地名]で泊まり 言[地名]で別れの酒を酌みました――『詩経』邶風・泉水
宿はよそで泊まる(やどる)の意味で使われている。これを古典漢語ではsiok(呉音でスク、漢音でシュク)という。これを代替する視覚記号として宿が考案された。
語源について古人は「宿は粛なり」と述べている。粛は「引き締まる」というコアイメージがある。自宅ではなく旅先で泊まることは緊張して落ち着かないものである。寝るときもゆったりできず身を縮めような寝方になるだろう。だから緊張して外泊することを粛と同源の語でsiokというのである。以上は語源的に検討した。次に字源。
宿は「𠈇シュク(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」と解析する。𠈇は「人+㐁」を合わせた形。㐁はむしろを描いた図形。テンと読み、「むしろ」の意味がある。𠈇は狭いむしろに縮まって寝る情景を設定した図形で、夙の異体字。「身を縮める」「引き締める」というイメージを表すことができる。宀は家や屋根と関係があることを示す限定符号。したがって宿は屋根の下で身を引き締めて泊まる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって、仮の場所で一時的に泊まることを意味するsiokを表記する。