「塾」

白川静『常用字解』
「形声。音符は孰。塾は建物の門の側にある部屋(わきべや)で、元服の礼などの儀礼を行う部屋であった。またそこは学問を習う部屋としても使用された」

[考察]
形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴であるが、本項では会意的に説明できず、字源を放棄している。
古典における用例を見てみよう。
 原文:先輅在左塾之前、次輅在右塾之前。
 訓読:先輅は左塾の前に在り、次輅は右塾の前に在り。
 翻訳:先頭の車は左側の塾の前、二番目の車は右側の塾の前に到着した――『書経』顧命
塾は門の両脇の建物の意味で使われている。これを古典漢語でdhiok(呉音でジュク、漢音でシュク)という。これを代替する視覚記号として塾が考案された。
『古今注』(西晋、崔豹撰)に「塾は門外の舎なり。臣来りて君に朝するに、門外に至りて当(まさ)に舎に就くべし。更に応対する所の事に詳熟するなり」とある。この建物の用途は家来が君主に謁見する際に待機する所で、応対の仕方に習熟するところから塾と言われる、こんな意味である。塾と熟をストレートに結びつけた語源説だが、塾の成り立ちを説明するには言葉の深層構造を捉える必要がある。
塾は「熟ジュク(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。熟については次項で詳述することにし(837「熟」を見よ)、結論だけを述べると、「たっぷりなじませる」というイメージを表す記号である。塾は土を搗いてよくなじませて造った建物を暗示させる。漠然とした図形の意匠であるが、これによって上記の意味をもつdhiokの表記とした。
謁見の儀礼などを教えるために門外に建てられたという塾の用途から、子弟に学問を教える私設の学校の意味に転義する。これが私塾、義塾の塾である。