「巡」

白川静『常用字解』
「形声。音符は巛せん。巛は川で、もと畎澮けんかい(田畑のみぞ)を意味する字である。説文に“視て行めぐるなり”と、視察巡行の意味とする」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。しかし本項では巛(田畑のみぞ)から説明できない。それとも田畑のみぞを視察する意味とでもするのだろうか。巛を川としながら、畎澮の意味とするのもおかしい。畎ケンと巛センは同じではなく、く(音はケン)と同じである。だから巛が田畑のみぞの意味というのは誤り。
巡は古典でどのように使われているを見てみよう。
 原文:巡守者巡所守也。
 訓読:巡守なる者は守る所を巡るなり。
 翻訳:巡守とは守るべき土地を順々に見て回るということだ――『孟子』梁恵王下
巡は見回る意味で使われている。これを古典漢語ではdziuәn(呉音でジュン、漢音でシュン)という。これを代替する視覚記号として巡が考案された。
巡には「めぐる」という訓がついているが、ぐるぐる回る(回転する)という意味ではなく、筋道・順序に従ってあちこちを見て回るという意味である。英語のpatrolに当たる。巡は順・循・遵などと同源で「ルートに従う」というコアイメージがある。このコアイメージを表す記号が川である。
巡は「巛(=川。音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。川は「かわ」という実体に重点があるのではなく形態に重点がある。川は大地を穿ち、筋道をなしているもので、この筋道を水が流れて通っている。だから川は「ルートに従う」というイメージを表す記号になりうる。辵は歩行・進行に関わる限定符号。したがって巡は君主(為政者)が順序に従って地方を視察して回る状況を暗示させる。
ちなみに常用漢字表は「めぐる」の訓が巡にはあるが回にはない。ぐるぐる回る(回転する)の意味の「めぐる」も「巡る」としか書けないようになっている。これでは不備である。常用漢字表の回に「めぐる」の訓も採用すべきである。