「殉」

白川静『常用字解』
「形声。音符は旬。旬は徇の意味で、旬にめぐり従うの意味があり、徇に人に従うの意味がある。歹は死者の胸から上の残骨の形で、人がこれを拝む形が死である。主君・主人の死後、臣下の者があとを追って自殺すること、“おいじに” を殉・殉死という」

[考察]
旬に「めぐり従う」の意味があるというが、「めぐり従う」とはどういうことか。旬にこんな意味はない。「歹+旬」から殉死の意味が導けないので、徇を介在させたのであろう。徇と殉は同義なので、結局旬からの説明ができたとは言えない。
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、旬(めぐり従う)+歹(残骨)から「主君・主人の死後、臣下の者があとを追って自殺する」という意味を導くのは無理である。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉えて、語源的に意味を説明する方法である。ただし意味は言葉の使われる文脈から知ることができる。なぜその意味が実現されるかを究明するのが語源論である。殉は次のような文脈で使われている。
 原文:以子車氏之三子奄息仲行鍼虎爲殉。
 訓読:子車氏の三子奄息・仲行・鍼虎を以て殉と為す。
 翻訳:子車氏の三人の息子、奄息・仲行・鍼虎を殉死させた――『春秋左氏伝』文公六年

殉は死んだ人(君主など)の後を追って死ぬ意味で使われている。これを古典漢語ではdziuәn(呉音でジュン、漢音でシュン)という。これを代替する視覚記号として殉が考案された。
上の文献の注釈に「人を殺して以て葬り、其の左右に璇環(丸くめぐらす)するを殉と曰ふ」とある。殉は必ずしも自殺することではなく、殺して葬ることである。もちろん主人を慕って自殺することもあるかもしれない。この注釈はこのような死に方、葬り方をなぜdziuәnと呼ぶかを璇環(丸くめぐらす)という言葉で説明している。これは語源の説明になっている。
殉は「旬(音・イメージ記号)+歹(限定符号)」と解析する。旬は「ぐるりと回る」「丸く取り巻く」というイメージがある(844「旬」を見よ)。歹は死亡・死体と関係があることを示す限定符号である。したがって殉は死んだ主人の回りを取り巻いて、後を追って死んだ臣下を葬る情景を暗示させる図形である。