「且」

白川静『常用字解』
「象形。俎まないたの形。古くは且を先祖の意味に用いた。のち“かつ、しばらく、まさに” のように用いる」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の根本である。言葉は無視される。ましてや言葉の深層構造への視座はない。このような学説であるため、字形の解釈に終わり、意味を説明することができないことも多い。
且を俎板の形とするが、なぜ「かつ」の意味に用いるのか説明できない。この問題は言葉の深層構造に関わる問題である。言葉のコアイメージを捉えないとなぜ「かつ」の意味なのかが分からない。
意味は字形から来るものではない。意味は言葉に内在する概念である。言葉が使用される文脈から意味を知ることができる。且は次のような文脈で使われている。
 原文:自牧歸荑 洵美且異
 訓読:牧自(よ)り荑テイを帰(おく)る 洵(まこと)に美しく且つ異なり
 翻訳:[彼女は]野からつばなを送ってきた ほんとに美しく珍しい――『詩経』邶風・静女
且は「A且B」という形で、Aの上に更にBという用法である。だから「その上にまた、更に」という意味である。これを古典漢語でts'iăg(呉音・漢音でシャ)という。これを代替する視覚記号として考案されたのが且である。
且の字源については諸説紛々で、俎の説のほかに、木主、祖廟、楼、塚、男性性器などの説がある。いずれも実体にこだわり過ぎている。漢字の成り立ちは六書(象形・指事・会意・形声・仮借・転注)だけとは限らない。このような用語は役に立たないことも多い。象徴的符号という操作概念を導入すると分かりやすいこともある。且は一段一段と上に重なっていることを示す象徴的符号と解釈するのがよい。つまり「重なる」というコアイメージを表すための記号が且である。「重なる」というコアイメージが言葉の深層構造であり、且のグループ(且・助・祖・組・租・阻・粗・査・俎など)の成り立ちを一挙に説明できる。
「重なる」というコアイメージが具体的文脈で「かつ」の意味を実現させるのである。「A且つB」とはAの上にBを重ねてという意味なのである。