「初」

白川静『常用字解』
「会意。衣と刀とを組み合わせた形。刀(はさみ)で布を裁ち切って衣を作るの意味である。初めての衣を作ることで、赤ん坊の産衣として着せる着物を作ることをいう」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。刀+衣→刀(はさみ)で布を裁ち切って衣を作るという意味を導く。
「布を裁ち切って衣を作る」という意味から「赤ん坊の産衣として着せる着物を作る」という意味に展開するだろうか。必然性がない。
字形をなぞった安易な解釈である。言葉という視点が欠けている。
物事をしはじめるという行為を表す言葉は始であるが、時間の軸で物事の起こりはじめという状態を表す言葉が初である。始は「自然の状態に人工を加える」「手を加える」というイメージから生まれた(699「始」を見よ)。ありのままの状態に手を加えて人工化することが物事のはじまりである。材料に切れ目を入れて物を作るという行為も「はじまり」である。創作の作は「誰も作ったことのないものを作る」ことである。創造の創も同じ。このように「手を加える」ことが物事のはじまりという観念につながる。初の成り立ちもまさにこれである。
初は「衣+刀」に分析できる。道具で衣を裁つ場面を設定した図形である。しかしそんな意味を意味を表すのではない。素材(布)に切れ目を入れて衣を作ることが「人工を加える」というイメージを作り出し、これが物事のはじまりにつながるのである。初は次のように使われている。
①原文:我生之初 尚無爲
 訓読:我が生の初め 為すこと無からんと尚(ねが)ふ
 翻訳:私の人生のはじめは 何もしたくないと願った――『詩経』王風・兎爰
②原文:民之初生 自土沮漆
 訓読:民の初めて生ずる 自ら沮漆ショシツに土ドす
 翻訳:最初に生まれた民は 沮水と漆水をねじろとした――『詩経』大雅・緜

①は物事の起こり(はじめ)の意味、②ははじめて(最初に)の意味である。これを古典漢語ではts'ïag(呉音でソ、漢音でショ)という。「はじまる」という動詞的な用法はない。
初の意味は衣とも刀とも関係がない。「衣+刀」は意味のイメージを暗示させるための具体的な場面設定である。「はじめ」という抽象的な意味は具体的な物を借りて表現されるのである。具体物にとらわれると白川説のような解釈が生まれる。言葉を抜きにし、字形からのみ意味を引き出すのはタブーである。