「書」

白川静『常用字解』
「会意。聿と者とを組み合わせた形。聿は筆を手に持つ形で、筆をいう。者は曰(祝詞を入れる器であるᆸの中に祝詞がある形)の上に木の枝を重ね、土をかけてお土居(土の垣)を作る形で、お土居をいう。お土居の中にはお札のようにして曰を埋めて呪禁とした。そのお札にしるした神聖な文字を書という」

[考察]
者は書と音のつながりがあるから形声のはず。白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。聿(筆)+者(お土居)→お土居に埋めたお札に記した神聖な文字という意味を導く。
こんな意味が書にあるだろうか。甚だ疑問。者・書の解字にも疑問がある。祝詞は口で唱える言葉(聴覚言語)なのになぜ器に入れるのか。竹簡・木簡などに文字化して器に入れたのか。器の中に文字があるとしたら、なぜそれとは別に札に文字を書いたのか。全く不自然である。
字形から意味を求めるのは無理がある。誤った方法と言ってもよい。意味は「言葉の意味」であって字形にはない。意味は言葉の使われる文脈に求めるべきである。書は古典に次の用例がある。
①原文:子張書諸紳。
 訓読:子張諸(これ)を紳に書す。
 翻訳:子張はこのことを帯に書いた――『論語』衛霊公
②原文:豈不懷歸 畏此簡書
 訓読:豈帰るを懐(おも)はざらんや 此の簡書を畏る
 翻訳:国に帰りたいのはやまやまだけど 軍令の書き付けが怖いから――『詩経』小雅・出車

①は文字を書き付ける意味、②は文字で書いたもの(書き付け)の意味である。これを古典漢語でthiag(呉音・漢音でショ)という。これを代替する視覚記号として書が考案された。
古人は「書は著なり」と語源を説いている。「一点にくっつける」「定着させる」というのが著のイメージである。文字を書写材料の上にくっつけて定着させる行為が書という捉え方である。日本語の「かく」は搔く(ひっかく)が語源という。また英語のwriteは「刻み込む、ひっかく」が語源という。漢字の書き方は書写道具によって変わるが、非常に古い時代にすでに筆も使用された。筆による書き方の特徴は材料の表面をなぞって墨をくっつけて定着させることにある。「書は著(=着)なり」という語源説の根拠はここにある。
書は「者(音・イメージ記号)+聿(限定符号)」と解析する。者は「多くのものを一つの所に集める」というイメージを表す記号である。多くのものが集まれば、間隔が詰まり、密着した状態になるので、「くっつける「くっつく」というイメージにも展開する(759「者」を見よ)。聿は筆と関係があることを示す限定符号である。したがって書は文字が消えないように材料(帛や竹簡・木簡、後に紙)に筆でくっつける情景を設定した図形。この図形的意匠によって上の①②の意味をもつthiagを表記する。