「庶」

白川静『常用字解』
「会意。广と廿と火とを組み合わせた形。广は厨房の屋根の形、廿は煮炊きに使う鍋の形、火は煮炊きする火。庶は厨房で煮炊きする形で、“にる” の意味となる。庶は鍋でごった煮を煮ることから、“おおい、もろもろ”の意味となる」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。广(厨房の屋根)+廿(鍋)+火→厨房で煮炊きする→煮るという意味を導く。
广を厨房の屋根に限定するのが変である。广は家屋や建物と関係があることを示す限定符号である。ある特定の建物の屋根の意味ではない。また廿を鍋の形とするがほかに鍋とする事例がない。厨房から連想して鍋としたものであろう。
また意味展開の説明もおかしい。ごった煮から「おおい」の意味になったというが、煮ることは「ごった煮」とは限るまい。意味展開に必然性がない。また庶子の庶の意味が「本膳に対してそえ膳ということから」というが、「煮る」ことと何の関係があるのか分からない。
古典における庶の用例を見てみよう。
 原文:念我獨兮 我事孔庶
 訓読:我の独りなるを念ふ 我が事孔(はなは)だ庶(おほ)し
 翻訳:独りぼっちの我が身思えば 仕事ばかりが人より多く――『詩経』小雅・小明

庶はたくさん集まって数が多い(物がごたごたとある)の意味で使われている。これを古典漢語ではthiag(呉音・漢音でショ)という。これを代替する視覚記号として庶が考案された。
語源について古人は「庶は摭セキ(集める)なり」と述べている(『釈名』)。thiagと言葉は者・諸・儲・貯などと同源で、これらは「(多くのものが)一所に集まる」というコアイメージをもつ。このイメージは「くっつく」「定着する」というイメージにもつながるから、著・着とも同源といえる。物がたくさん集まると密着し、くっつく。物がくっつくように集まってごとごたと多い状態が庶である。以上は語源から庶を見た。次は字源。
庶は「炗(イメージ記号)+广(限定符号)」と解析する。炗は光の古文(篆文より古い字体)である。廿は革・黃(=黄)・堇(僅・勤などの基幹記号)・席・度に含まれ、獣の頭の部分を略画的に示す記号。これによって獣から採れるもの(皮や脂肪)を指示する。脂肪を焼いて照明にして光を出す情景を炗で暗示させ、「ひかり」を意味する光の異体字となった。广は家や建物に関わる限定符号。したがって庶は家の中に光を採り入れる情景を設定した図形。この意匠によって「多くの物を集める」というイメージを暗示させることができる。