「如」

白川静『常用字解』
「会意。女は神に仕える巫女。口はᄇで、祝詞を入れる器の形。祝詞を唱えている巫女の姿で、神意に従い、神意に合うようにすることを“ごとし(他の事・状態と同じであること)” という」

[考察]
女と如は音のつながりがあるから形声のはず。白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。女(巫女)+口(祝詞を入れる器)→祝詞を唱える巫女→神意に従い神意に合うようにする(ごとし)という意味を導く。
疑問点①女はなぜ巫女の意味に限定できるのか(女にそんな意味はない)。②祝詞は口で唱える言葉(聴覚言語)であるが、なぜそれを器に入れるのか。帛などに文字化して器に入れるのか。巫女は祝詞を口で唱えるのだから、なぜわざわざ祝詞を器に入れる必要があるのか。理屈に合わない。③「神意に従い神意に合うようにする」ことがなぜ「ごとし」の意味なのか。理解し難い。
字形から意味を導くのは無理がある。むしろ誤った方法である。意味は字形に求めるべきではなく、言葉の使われる文脈に求めるべきである。如は次のような文脈で使われている。
①原文:唯所納之、無不如志。
 訓読:唯之を納(い)る所、志の如くならざるは無し。
 翻訳:もしこれを受け入れさえすれば、思い通りにならぬものはない――『春秋左氏伝』僖公十五年
②原文:一日不見 如三月兮
 訓読:一日見ざれば 三月の如し
 翻訳:一日あなたに会わないと 三月がたったようだもの――『詩経』王風・采葛

①は~のままに従う、思い通りになるという意味、②は「~のようだ」という意味で使われている。これを古典漢語ではniag(呉音でニョ、漢音でジョ)という。これを代替する視覚記号として如が考案された。
如は「女(音・イメージ記号)+口(限定符号)」と解析する。女は「柔らかい」というイメージがある(865「女」を見よ)。口は言葉や言葉をしゃべることと関係があることを示す限定符号。限定符号は図形的意匠を作るために場面設定をする働きもある。口は言語行為の場面を設定する。したがって如は物柔らかく相手の言いなりになる場面を設定した図形である。この意匠によって、突っ張らないで柔らかく従うというイメージをすることができる。
「逆らわずに従う」というイメージが具体的文脈では①の意味を実現する。また、「柔らかい」というイメージから、AとBを比較して、「AはBだ」と断定しないで、「AはBのようだ」と物柔らかに(婉曲に)言う用法が生まれた。この如を漢文では「ごとし」と読む。如と若は同源の語で、コアイメージも用法も似ている(776「若」を見よ)。