「徐」

白川静『常用字解』
「形声。音符は余。余は把手のついた大きな針の形で、患部の膿血を刺して取り除き、治療するのに使用する。これによって痛みがなくなり、やすらかになる。余はまた道を安全にするために、土中に刺して地下にひそむ悪霊を取り除くのにも使用する。これによって通行がやすらかになることを徐という」

[考察]
手術用の針が土中に刺して地下の悪霊を取り除くためにも使われるとはどういうことか。あり得ないことではなかろうか。悪霊が取り除かれた結果道が安全になり、通行が安らかになることが徐の意味だという。こんな意味は徐にはない。徐は次のように古典で使われている。
 原文:其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山。
 訓読:其の疾きこと風の如く、其の徐(おもむろ)なること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。 
 翻訳:[軍の行動は]時には風のように素速く、時には森のようにひっそりとし、時には火のように進撃し、時には山のように動かない――『孫子』軍争

徐は行動がゆったりしている(ゆとりを取って緩やかに、ゆったりと)の意味である。これを古典漢語ではd(z)iag(呉音でジョ、漢音でショ)という。これを代替する視覚記号が徐である。
徐は「余(音・イメージ記号)+彳(限定符号)」と解析する。余は「横に平らに伸ばす」というイメージがある。このイメージは「平らに押し伸ばす」「(狭いもの、窮屈なものを)ゆったり伸ばす」「伸ばしてゆったりさせる」「空間的、時間的に間延びさせてゆったりとゆとりができる」というイメージにも展開する(758「舎」を見よ)。彳は道や進行と関係があることを示す限定符号。したがって徐は時間的余裕をゆったり取って行く状況を暗示させる。この図形的意匠によって上記の意味をもつd(z)iagを表記する。