「招」

白川静『常用字解』
「形声。音符は召。召はᆸ(祝詞を入れる器の形)を供えて神霊の降下することを祈り、それに応えて上から人が降下する形。この場合の降下する人は神霊の意味である。召に手を加えて、召す動作を招という」

[考察]
召の解釈の疑問点については875「召」で述べた。
「召に手を加えて、召す動作を招という」とあるが、これでは召と招の区別がつかない。古代の日本人は召に「めす」、招に「まねく」の訓をつけたが、このような区別はないのか。
招の古典における用例を見てみよう。
 原文:左執簧 右招我由房
 訓読:左に簧コウを執り 右に我を招くに房由(よ)りす
 翻訳:左手に笛を持ち 右手で私を寝室に招く――『詩経』王風・君子陽陽
明らかに招は「まねく」の意味である。手でおいでおいでをして来させる行為である。
招は「召(音・イメージ記号)+手(限定符号)」を合わせたもの。刀にコアイメージの源泉があり、「⁀の形に曲がる」というイメージを表す。召は手首を⁀の形に曲げておいでおいでという言葉をかけつつ、A点にあるものをB点に近づけさせる(引き寄せる)状況を暗示させる図形である(875「召」を見よ)。この一連の行為のうち、言葉をかけて自分の方へ引き寄せることに視点を置くと「呼び寄せる」という意味になり、手首を⁀の形に曲げる身振りに視点を置くと、「まねき寄せる」という意味になる。前者を召と書き、後者を招と書く。言葉はどちらもtiɔg(呉音・漢音でセウ)であるが、一つながりの同じ行為のどこに視点を行くかによって、意味の違いが生じ、表記で使い分けるのである。