「章」

白川静『常用字解』
「象形。入れ墨をするときに使う針(辛)の針先の部分に、墨だまりのある形。日の部分が墨だまりの形。章は入れ墨の美しいことから、“あきらか、あや”の意味となる」 

[考察]
「墨だまり」とは何か。水溜まりの「溜まり」で、墨を溜める所か。墨の液汁のことか、それとも墨壺のようなものか。入れ墨の針と墨壺が合わさった道具が存在するのだろうか。これが疑問。また「入れ墨は刑罰のほかに、通過儀礼として、また社会生活上の身分を示すしるしとして用いられたので、“てほん、のり、しるし”の意味となる」というが、これも疑問。言語外からの意味展開の説明には合理性がない。まるで原始時代か未開社会の習俗でもあるかのようである。
古典における章の用例を見てみよう。
①原文:倬彼雲漢 爲章于天
 訓読:倬たる彼の雲漢 天に章を為す
 翻訳:大きなあの天の川は 天上界にあやをなす――『詩経』大雅・棫樸
②原文:賦詩斷章。
 訓読:詩を賦して章を断つ。
 翻訳:詩を詠んで、一段落だけを断ち切る――『春秋左氏伝』襄公二十八年
③原文:洒埽庭内 維民之章
 訓読:庭内を洒埽サイソウするは 維(こ)れ民の章なり
 翻訳:庭の中を掃除するのは 民の決まりだ――『詩経』大雅・抑

①ははっきりと目立つ模様やあやの意味、②は区切りをつけた音楽や詩・文のひと節(一区切り)の意味、③は人の行為にけじめをつけるおきて(決まり、法令)の意味で使われている。これを古典漢語でtiang(呉音・漢音でシヤウ)という。これを代替する視覚記号として章が考案された。
①と②③の意味は懸け離れている。しかし同じ言葉で呼ぶからには関連があるはずである。①は「明るい」というコアイメージがある。「明るい」から「はっきり目立つ」というイメージに転化し、あや→しるし→姿がはっきり現れる・現す(明らか・明らかにする)という具合に意味が展開する。
一方、「明るい」というイメージから別のイメージにも転化する。光が明るく照らすと、明るい部分と暗い部分にはっきり分かれる。明暗のけじめ(境目)ができる。ここから「境目や区切りがつく」 というイメージに転化するのである。このイメージから②③の意味が実現される。
意味が大きく変わったので字体にも変化が生じた。従来の字源説では、意味の変化と字体の変化の対応を指摘した人はいない。何でも古い字体(字形)に遡るのをよしとする傾向がある。これでは意味の変化を説明できないことがある。
章は金文では辛(刃物の形)の中間に曰(印や模様の符号)を挿入した字形になっている。刃物で鮮やかな模様を現し出すことを暗示させる図形である。この意匠は①の意味をもつ言葉を表記するのにふさわしい。
篆文の字体は「音+十」になっている。十は一つにまとめることを示す符号である(819「十」を見よ)。だから章は音楽のまとまった一区切りを暗示させる。「区切って止める」「区切りをつける」というコアイメージを章で表すことができる。これによって上の②③の意味をもつ言葉を表記するのである。