「焦」

白川静『常用字解』
「会意。隹すいと火(灬)とを組み合わせた形。隹とりに火をくわえて、隹を焼くことをいう。のちすべて“やく、こげる、こがす”の意味となる」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。隹(とり)+火→鳥を焼くという意味を導く。
字形の解釈をストレートに意味とするので、図形的解釈と意味を混同するのも白川漢字学説の特徴である。だから意味に余計な意味素が混入することもしばしば起こる。焦の意味に「鳥」という意味素は余計である。意味はただ「こげる・こがす」である。
意味とは「言葉の意味」であって字形にあるのではなく、言葉の使われる文脈にある。焦の古典における用例を見てみよう。
 原文:大旱金石流、土山焦、而不熱。
 訓読:大旱に金石流れ、土山焦げるも、而(しか)も熱からず。
 翻訳:日照りで金属や石が流れ、土や山が焼け焦げても、[神人は]熱さを感じない――『荘子』逍遥遊
焦は焼けこげる意味で使われている。これを古典漢語ではtsiɔg(呉音・漢音でセウ)という。これを代替する視覚記号として焦が考案された。
焦は「隹(小鳥の形。イメージ記号)+火(限定符号)」と解析する。焦は小鳥を火であぶって焼く情景を設定した図形。この意匠によって上記の意味をもつtsiɔgを表記する。
焦は秋・宿・粛などと同源で、「縮む」というコアイメージをもつ。物が焼けこげると、縮むという現象が起こる。「こげる」が原因とすれば、「縮む」は結果である。原因と結果を入れ換えるレトリックにより、「こげる」の意味をもつ言葉が造語された。tsiɔg(焦)には「縮む」というコアイメージがあるので別の意味に展開する。「縮む」のイメージは「間隔が狭くなる」「迫る」というイメージに転化する。ここから、心が切羽詰まる状態(じれる、じれったい)という意味が派生する。これが焦慮の焦である。