「傷」

白川静『常用字解』
「形声。音符はAしょう。Aは昜よう(陽、陽光)の上を覆う形。昜は玉(日)を台(一)の上に乗せ、玉の光が下方に放射する形。昜は霊の力を持つ玉によって人の精気を盛んにし、豊かにする魂振りの呪儀を示す。これを上から覆い、その呪儀を妨げることをAといい、人の精気が衰え、そこなわれることをいう。Aを人に及ぼして、人の妨げられること、そこなわれることを傷という」
A=[傷-亻](傷の右側)

[考察]
字形の解剖に疑問がある。Aは単独に存在する字ではない。だから音符になり得ない。
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。しかし本項は字形の解剖を間違えたため会意的解釈も成り立たない。
昜の解釈も疑問。また、魂振りの呪儀を上から覆うとはどういう事態か。これから「人の精気が衰え損なわれる」という意味になるだろうか。更にそれから「きず」という意味が出るだろうか。意味展開に必然性がない。
字形をどう解剖すべきか。字形にこだわる前に傷の用例を調べ、意味を確定するのが先決である。
①原文:將叔無狃 戒其傷 女
 訓読:将(こ)ふ叔よ狃(な)るる無かれ 其の女(なんじ)を傷つくるを戒めよ
 翻訳:お願い叔さんよ油断しないで そいつ[虎]に傷つけられないようご用心――『詩経』鄭風・大叔于田
②原文:哀而不傷。
 訓読:哀しみて傷(やぶ)らず。
 翻訳:悲しいけれども性情を損なうことはない――『論語』八佾

①はきずつける、また、きずの意味、②は損なう(こわす、やぶる)の意味で使われている。これを古典漢語ではthiang(呉音・漢音でシヤウ)という。これを代替する視覚記号として傷が考案された。
傷の前に𥏫ショウが考案されていた(『説文解字』に「𥏫は傷なり」とある)。𥏫は廃れ、新たに考案されたのが傷である。これは「人+𥏫の略体」または「人+𠂉+昜」に分析する。𠂉は矢の一部が残った形である。したがって傷は「昜ヨウ(音・イメージ記号)+𠂉(=矢。イメージ補助記号)+人(限定符号)」と解析する。昜は「広く平らに開ける」「平らに広がる」というイメージがあり、これは「平ら、平面」というイメージに展開する(934「場」を見よ)。また、当と同じく「平ら、平面」のイメージは「平面に当たる」というイメージにも転化する。傷は人の体(平らな皮膚)に矢が当たってきずをつける情景を設定した図形である。この図形的意匠によって①の意味𠂉𠂉𠂉をもつthiangを表記する。