「賞」

白川静『常用字解』
「形声。音符は尚。もとの字は商、あるいは商の下に貝をそえた𧶜の形で、音符は商であった。𧶜は賞与として貝貨を与えることで、“たまう”の意味となる。のち賠償の意味が含まれるようになった」


[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。本項では尚からの説明ができないので、商と同字とされる𧶜から説明して、「たまう」の意味を導いた。古典で用いられる賞の字形を解剖し、意味を求めるべきであろう。しかし意味は字形から出るものではなく、言葉が使われる文脈から出るものである。賞は古典で次の用例がある。
①原文:苟子之不欲、雖賞之不竊。
 訓読:苟(いやしく)も子の不欲ならば、之に賞すと雖も窃まざらん。
 翻訳:もしあなた自身が無欲ならば、民に褒美を与えても、それを盗むものはいないでしょう――『論語』顔淵
②原文:善則賞之、過則匡之。
 訓読:善なれば則ち之を賞し、過てば則ち之を匡す。
 翻訳:いいことをすれば褒めたたえ、過ちをすれば匡正する――『春秋左氏伝』襄公十四年

①は功績にぴったり相当する金品(褒美)を与える意味、②は善行に対して褒めたたえる意味で使われている。これを古典漢語ではthiang(呉音・漢音でシヤウ)という。これを代替する視覚記号として賞が考案された。
王念孫(近世中国の文献学者)は「償は当なり」と語源を説いているが、償と賞は同根なので、賞も当と同源の語と見てよい。ともに音・イメージ記号が尚である。当とは二つのものが→←の形にぴったりあたる状態をいう。相当の当である。功績と見合ってぴったり相当するのは褒美である。賞は「ぴったり当たる」というコアイメージをもつ言葉と言える。
字源から見てみよう。賞は「尚(音・イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。尚は室内の空気が抜けて空中に分散する状況を想定した図形である。上昇に視点を置くと「上に高く上がる」というイメージ、分散の姿に視点を置くと「平らに広がる」というイメージを表すことができる(880「尚」を見よ)。後者は「平らな面」「面が重なるようにぴったり当たる」というイメージにも展開する。貝はお金や財貨に関わる限定符号である。かくて賞は功労にぴったり当たる財貨をあてがう状況を暗示させる。この図形的意匠によって上の①の意味をもつthiangを表記する。
①は与えられるものは物質的なものだが、価値的に相当するものが言葉であってもよい。だから善行などに対して言葉でたたえるという意味に展開する。これが賞賛・激賞の賞である。