「冗」

白川静『常用字解』
「会意。もとの字は宂に作り、宀と儿とを組み合わせた形。宀は祖先を祭る廟の屋根の形で、廟。その中に人がいる形で、廟に宿直する人をいう。宿直の人には宿直中にする仕事がなかったので、“ひま”の意味となる」

[考察]
字形から意味を導き、字形の解釈をそのまま意味とするのが白川漢字学説の特徴である。図形的解釈と意味がしばしば混同される。冗に「廟の中に宿直する人」という意味はない。
ほかにも疑問点がある。宀を廟の屋根に限定する謂われはない。宀は一般に屋根の形で、家や建物と関わりがあることを示す限定符号に用いられる。宀に廟という意味はない。また廟に宿直する人には仕事がないから「ひま」の意味が出たというが、何のために宿直するのであろうか。廟を盜賊などから守るためではなかろうか。宿直から「ひま」の意味が出るというのは理屈に合わない。
字形から意味を引き出そうとすると恣意的な解釈に陥りがちである。言葉から出発すべきである。言葉の用例を調べ、そこから意味を考えるべきである。冗は古典に次の用例がある。
 原文:藁人掌共外内朝冗食者之食。
 訓読:藁人は外内朝の冗食者の食を共するを掌(つかさど)る。
 翻訳:藁人[官職名]は朝廷内外で官の余分な飯を食う者に食を提供する役目である――『周礼』地官・藁人

冗は本体・本職から余計なものがはみ出る(むだなものが出る)という意味で使われている。これを古典漢語ではniung(呉音でニュウ、漢音でジョウ)という。これを代替する視覚記号として冗が考案された。
冗は宂(篆文の字体)が変化したもの。これは「宀(家)+儿(人)」と分析する。非常に舌足らず(情報不足)な図形である。家の中に人が居る情景という情報しか出てこない。しかし上記の用例に使われている意味から逆に推察すると、官職からあふれて(仕事がなくて)家でぶらぶら遊ぶ情景を設定した図形とも解釈できる。
niung(冗)という語の語源は難しいが、閏(十二か月のほかに余ってはみ出た月、うるう)と同源と考えられる。本体から余分なものがはみ出ることから「中心に引き締まらない」というイメージに展開し、締まりが悪い意味(冗漫・冗長の冗)、くだくだしい・煩わしいの意味(冗雑・煩冗の冗)を派生する。