「乗」
正字(旧字体)は「乘」である。

白川静『常用字解』
「会意。禾と人と人とを組み合わせた形。木の上に二人登っている形。敵状などを望み見るために高い木に登るのである」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。しかし字形は何とでも解釈できる。「禾+人+人」に分析しながら、木に二人が登る形と解釈した。禾はいねや穀物のことであるが、これがなぜ木になるのか分からない。また、なぜ二人なのかも分からない。
字形から意味を読み取るのは恣意的になる畏れがある。言葉という視点が欠けているからである。意味は字形から来るものではなく、言葉の使われる文脈から来るものである。乘は次のような文脈で使われている。
①原文:亟其乘屋
 訓読:亟(すみや)かに其れ屋に乗れ
 翻訳:[屋根の修理に]速く屋根に登りなさい――『詩経』豳風・七月
②原文:二子乘舟 汎汎其景
 訓読:二子舟に乗り 汎汎たる其の景(かげ)
 翻訳:二人は舟に乗り みずもに影がゆらゆら浮かぶ――『詩経』邶風・二子乗舟

①は物の上に登る意味、②は乗り物に乗る意味で使われている。これを古典漢語でdiəng(呉音でジョウ、漢音でショウ)という。これを代替する視覚記号として乘が考案された。
乘は「大+舛+木」と分析できる。大は手足を広げて立つ人の形。舛は両足の形である。乘は木の上に人が登っている情景を設定した図形である。
上の①の文献の注釈で「乘は升なり」とあり、乗と升は同源と見ている。升だけではなく、登・称・烝・勝などとも同源であり、これらは「上に上がる」というコアイメージをもつ。乗はこれらの語群から派生した言葉である。「上に上がる」というコアイメージから①②の意味が実現された。