「浄」
正字(旧字体)は「淨」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は爭。もと寒冷を意味する字であったらしく、説文に“㵾は冷寒なり” とあり、淨と音・意味が近い。清浄な水は寒冷なものが多い」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。本項では爭からの説明ができないので、㵾の仮借と見るらしい。もっとも静に含まれる爭から解釈する別説も示している。この爭は「力(耒の形)を上下より持つ形で、農具の耒を清める儀礼をいう字である。淨もあるいは農具の耒を清める儀礼であったかもしれない」という。
農具の耒を清める儀礼といった習俗があったのであろうか。「かもしれない」という通り、臆説であろう。
字形から意味を導くのは無理である。というよりも誤った方法である。意味は言葉の使われる具体的な文脈から導くのが本筋である。淨は古典に次の用例がある。
 原文:酒醴不淨潔也。
 訓読:酒醴浄潔ならざるなり。
 翻訳:[お供えの]酒が澄んでいない――『墨子』節葬
淨は水(液体)が清らかに澄んでいるという意味で使われている。これを古典漢語ではdzieng(呉音でジヤウ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として淨が考案された。
淨は「爭(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。爭は「爪(下向きの手)+丿(引っ張ることを示す符号)+又(上向きの手)」を合わせたもの。上下の手で互いに反対方向に引っ張り合う情景を設定した図形である。この意匠によって「二つの力が←の方向と→の方向へ引き合って張り合う」というイメージを表すことができる。このイメージから「あらそう」の意味が実現される。一方、←・→の形の中間に視点を置くと「バランスが取れて釣り合う」というイメージに展開する。物体において二つの力が釣り合うと、落ち着き止まる。「じっと落ち着いて動かない」というイメージが生まれる。これがしずか(静)の意味である。水の場合は、流動する水が動きを止めると、水中の汚れ(垢)がじっと下に落ち着き、水質がきれいに澄んだ状態になる。これを暗示させるのが淨の図形である。