「常」

白川静『常用字解』
「形声。音符は尚。説文に“下裙(衣のもすそ)なり” とある。もすその長さは一定であるから、“つね、さだめ、のり”の意味となり、時間の上に移して“つねに、ひごろ”の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的に説明できていない。会意とはAの意味とBの意味を足し合わせた「A+B」をCの意味とする手法である。尚から「もすそ」の意味は出てこない。もすその長さが一定だから「つね」の意味になるというが、この意味展開にも必然性がない。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉えて、語源的に意味を説明する方法である。意味は「言葉の意味」であって、字形にあるのではない。言葉の使われる文脈から知ることができる。常は次のような文脈で使われている。
①原文:侯服于周 天命靡常
 訓読:侯(こ)れ周に服せしむ 天命常靡(な)し
 翻訳:彼ら[殷の人たち]を周に服従させた 天命は永遠ではない――『詩経』大雅・文王
②原文:彼月而食 則維其常
 訓読:彼の月にして食する 則ち維(こ)れ其の常なり
 翻訳:月食というやつは 別に変わったことではない――『詩経』小雅・十月之交

①はいつも変わらない(とこしえ)、いつまでも(とこしえに)の意味、②はいつも通りで変わらない(普段通りである、普通である)の意味で使われている。これを古典漢語ではdhiang(呉音でジヤウ、漢音でシヤウ)という。これを代替する視覚記号として常が考案された。
常は「尚(音・イメージ記号)+巾(限定符号)」と解析する。尚は「向(窓の形)+八(左右に分かれる符号)」を合わせて、室内の空気が抜けて空中に分散する状況を想定した図形である。これによって「上に高く上がる」というイメージを表すことができる(880「尚」を見よ)。「高く上がる」のイメージは「長く伸びる」「長い」というイメージに展開する。巾は布と関係があることを示す限定符号である。常は丈の長く伸びたスカートを暗示させる図形。ただし実体は裳で表し、形態的イメージを常で表す。「長く伸びる」「長い」というのが形態的イメージであるが、空間的イメージを時間的イメージに転用するのが漢語意味論の特徴の一つである。すなわち時間的に長く続く、長く続いて変わりがないという意味をもつdhiangの表記とするのである。
「長く続いて変わりがない」という意味は二通りある。時間的に永遠であるという意味、これが上の①である。また、日常的に変わらずに続く、普段通りの状態がいつも続いているという意味、これが上の②である。日本語では①は「とこ」に当たり、②は「つね」に当たる。日本語では別の言葉であるが、古典漢語では常という一つの言葉である。