「情」

白川静『常用字解』
「形声。音符は青。情は感情、“こころ”をいう」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では青から説明できず、字源を放棄している。
会意とはAの意味とBの意味を足した「A+B」をCの意味とする方法である。また、形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉えて、語源的に意味を説明する方法である。
情のコアイメージは青にその源泉がある。これを説明する前に、情の古典における用例を調べ、意味を確かめるのが先である。
①原文:何謂人情、喜怒哀懼愛惡欲、七者弗學而能。
 訓読:何をか人の情と謂ふ、喜怒哀懼愛悪欲、七者は学ばずして能くす。
 翻訳:人の情とは何か。喜び・怒り・哀しみ・恐れ・愛・欲、この七つは本能的なものだ――『礼記』礼運
②原文:洵有情兮 而無望兮
 訓読:洵(まこと)に情有り 而(しか)も望無し
 翻訳:慕う気持ちは本当にあるが 望みはかなわない――『詩経』陳風・宛丘
③原文:是豈人之情哉。
 訓読:是れ豈人の情ならんや。
 翻訳:これが人の性情であろうか――『孟子』告子上
④原文:上好信則民莫敢不用情。
 訓読:上信を好めば則ち民敢へて情を用ゐざるは莫し。
 翻訳:為政者が信義を好めば、民は真心を示さないものはない――『論語』子路

①は情の定義づけをした文章で、何かをしたいという時に起こる一途で素直な気持ち、すなわち自然に発露する気持ちの意味である(心情の情)。②は異性を慕う気持ちの意味(愛情の情)、③は何かに触れて起こる純粋な気持ちの意味(情緒・感情の情)、④は本当の気持ち(まこと、真心)の意味(真情・直情の情)である。これを古典漢語ではdzieng(呉音でジヤウ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として情が考案された。
情は「青(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。青はどんなコアイメージを表すのか。青は「生セイ+丼セイ」を合わせたもの。生は草が芽生える状況、丼は井戸の中に水がある情景を示しているが、これらを比喩的な記号として使っている。芽生えたばかりの草から、生まれたばかりの生命の瑞々しさ・清々しさ→「清らかで汚れがない」というイメージ、井戸の中の水の状態から「清らかで澄んでいる」というイメージが取られ、二つを合わせた青は「汚れがなく澄み切っている」というイメージを表す記号とするのである(1021「青」でも詳述)。「汚れがない」や「澄み切る」は物質の状態を表すイメージだが、心理的なイメージにも転用できる。心はこころ・精神と関係があることを示す限定符号。したがって情は他の雑念にとらわれず、そのことをしたいと思う混じり気のない本当の気持ちを暗示させる。この図形的意匠によって上記の意味をもつdziengを表記する。