「壌」
正字(旧字体)は「壤」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は襄。襄は死者の衣の胸もとに、二つのᄇ(祝詞を入れる器の形)と呪具の工を四個(㠭)置く形で、胸もとが盛り上がり、ふくらむの意味となる。一度耕して、柔らかくもりあがった土を壌という」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。襄(胸元が盛り上がり膨らむ)+土→一度耕して盛り上がった土という意味を導く。
死者の胸元になぜ祝詞を入れる器を二つ、呪具を四つ置くのか。こんな事態がありうるのか。またこの事態からなぜ「胸元が盛り上がり膨らむ」という意味が出るのか。呪術のようだから、それに関わる意味になりそうなものではなかろうか。更に壌は「一度耕して柔らかく盛り上がった土」という意味があるだろうか。襄にも壌にもそのような意味はない。なお㠭は塞や展に含まれる記号で、襄には含まれていない。白川は字形の解剖を間違えている。
いろいろ疑問が浮かぶ。字形から意味を引き出すこと、字形的解釈をストレートに意味とすることに問題がある。意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。具体的文脈で使われる際に現れるのが意味である。壤は次のような文脈で使われている。
 原文:彼菹菜之壤非五穀之所生也。
 訓読:彼の菹菜の壌は、五穀の生ずる所に非ざるなり。
 翻訳:野菜を植える土地は、五穀の生える所ではない――『管子』国準
壤は農耕に適する柔らかい土の意味で使われている。これを古典漢語ではniang(呉音でニヤウ、漢音でジヤウ)という。これを代替する視覚記号として壤が考案された。
『説文解字』に「壤は柔土なり」とある。農耕に適する土は堅いものではなく、柔らかく肥えた土である。現代の用語を使えば、有機物を含んだ栄養に富む土である。古代でも瘠せた土、肥饒の土の区別があった。肥饒の土を壤というのである。
壤は「襄(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。襄は分析が難しいが、篆文(𧞻)は「𠽽+衣」に分析できる。衣の中に𠽽を入れた字形である。𠽽は「吅(二つ並べる形)+爻(二つ交える符号)+𢏚」と分析する。𢏚は寿の古字に含まれるものと同じで、田の畝である(792「寿」を見よ)。𠽽は田を鋤き返して肥料などを混ぜて、土を柔らかくする状況を設定した図形と解釈できる。この意匠によって「中に物を入れて柔らかくする」というイメージを表す。𠽽と衣を合わせた襄は、衣の中に綿などを詰め込んで柔らかくする状況を暗示させる。この図形的意匠によって「中に割り込ませる」「中に物を入れて柔らかくする」というイメージを表す記号とした。かくて壤はいろいろな物(肥料など)を含んで柔らかい土を暗示させる。