「嬢」
正字(旧字体)は「孃」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は襄。孃は死者の衣の胸もとに、二つのᆸ(祝詞を入れる器の形)と呪具の工を四個(㠭)置く形で、胸もとが盛り上がり、ふくらむの意味となる。胸のふくらんだ女、肉づきのゆたかな女を嬢といい、“はは、むすめ” をいう」

[考察]
襄の字解の疑問については938「壌」で述べた。誤った字形の解釈から引き出した意味は疑わしい。襄に「胸元が盛り上がり膨らむ」という意味はないし、嬢に「胸のふくらんだ女」という意味はない。
『説文解字』では「孃は煩攘なり」とあり、攘(みだす)の古字とされる(段玉裁の説)。しかし用例がないのではっきりしない。六朝時代になって次の用例が現れた。
 原文:旦辭爺孃去 暮宿黃河邊
 訓読:旦に爺嬢を辞して去り 暮れに黄河の辺に宿る
 翻訳:朝に父母のもとを辞し 夕べに黄河の辺りで宿る――『楽府詩集』巻二十五「木蘭詩」
孃は母の意味で使われている。当事の言葉ではniangという。これに対する視覚記号として襄を選んだのは漢字の造形原理がまだ失われていなかったからと考えられる。土壌の壌(肥えて柔らかい土)との同源意識から孃が生まれた。襄は「物を中に詰め込んで柔らかい」というイメージがあるので、体がふくよかで柔らかい女という意味合いをこめて「はは」をniangと呼び、「襄(音・イメージ記号)+女(限定符号)」を合わせて孃を作ったのである。
嬢に「むすめ」の意味はない。これは娘ジョウである(930「娘」を見よ)。日本人は娘と嬢を混同して、娘を「自分の生んだむすめ」、嬢を「他人の若いむすめ」という使い分けをしたようである。