「譲」
正字(旧字体)は「讓」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は襄。讓は死者の衣の襟もとに、二つのᄇ(祝詞を入れる器の形)と呪具として悪霊の侵入を祓う工を四個(㠭)置く形で、悪霊を祓い清める、“せめる” の意味がある。祓い清め、せめることばを譲という」

[考察]
襄の解釈が壌や嬢では、同じ字形から「胸元が盛り上がり膨らむ」の意味とし、本項では「悪霊を祓い清める」の意味とある。不統一である。
そもそも襄の字形分析を間違えている。㠭は塞や展に含まれる記号で、襄には含まれていない。字形を間違えて引き出した意味も疑わしい。襄には「胸元が盛り上がり膨らむ」という意味も「悪霊を祓い清める」という意味もない。だから譲に「祓い清め、せめる言葉」という意味はあり得ない。いったいこれはどういう意味か。
意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。譲は古典に次の用例がある。
①原文:受爵不讓 至于己斯亡
 訓読:爵を受けて譲らず 己斯(ここ)に亡 ぶに至る
 翻訳:酒のやり取りで張り合うと 自分の身の滅びを招く――『詩経』小雅・角弓
②原文:堯以天下讓許由。
 訓読:尭天下を以て許由に譲らんとす。
 翻訳:尭は天下を許由に与えようとした――『荘子』譲王

①は人を先に立てて(他人にゆずって)自分は身をひく意味、②は自分は取らないで他人に与える意味である。これを古典漢語ではniang(呉音でニヤウ、漢音でジヤウ)という。これを代替する視覚記号として讓が考案された。
讓は「襄(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。襄は「中に割り込む」というイメージがある(938「壌」を見よ)。讓は他人が割り込んで口出しをしたため、その人に委ねて身をひく状況を暗示させる。この図形的意匠によって上の①の意味をもつniangを表記する。譲歩の譲が最初の意味である。身をひくことから「へりくだる」の意味(謙譲の譲)にも展開する。また、割り込んできた人にゆだねて自分は身をひくという行為の前半に視点を置けば、自分は関わらないで他人にゆずる→自分は取らないで他人に与える(ゆずる)という意味が派生する。これが譲位・譲渡の譲である。
白川は「はらう、しりぞけることを攘、攘斥という。攘斥して退かせることから、譲は“ゆずる、へりくだる”の意味となる」というが、迂遠な意味展開の説明である。