「触」
正字(旧字体)は「觸」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は蜀。蜀は牡の獣の形で、虫の部分は牡の性器の形である。牡の獣が角で相争うことを触という。角のある獣が争うとき、角をふれ合って闘うので、“ふれる” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。角+蜀(牡の獣)→牡の獣が相争うという意味を導く。
角と獣を合わせた字形からは「獣の角」の意味が出そうなものだが、なぜ「争う」の意味になるのか。また「争う」の意味からなぜ「触れる」の意味になるのか。意味の展開に必然性がない。それは言葉という視点が全く欠けているからである。
また字形の分析もおかしい。蜀を牡の獣の形とする根拠はない。だいたい蜀にそんな意味もない。
意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。觸は古典に次の 用例がある。
①原文:羝羊觸藩。
 訓読:羝羊テイヨウ藩に触る。
 翻訳:雄羊[の角]がまがきに触れる――『易経』大壮
②原文:兔走觸株、折頸而死。
 訓読:兎走りて株に触れ、頸を折りて死す。
 翻訳:兎が走ってきて株にぶつかり、くびを折って死んでしまった――『韓非子』五蠹

①は一点にくっつく(ふれる、さわる)の意味、②は一点を突いてぶつかる意味である。これを古典漢語ではt'iuk(呉音でソク、漢音でショク)という。これを代替する視覚記号として觸が考案された。
觸は「蜀ショク(音・イメージ記号)+角(限定符号)」と解析する。蜀は目玉の大きな虫を描いた形である。蜀については『説文解字』に「葵中の蚕なり」とあり、『詩経』の「蜎蜎者蜀」という詩句を引用している。現在の『詩経』のテキストでは蠋となっている。蠋はアオムシやイモムシのことで、蝶や蛾の幼虫である。この虫はある種の木の葉にとりついて、食べ終わるまで離れない習性がある。これから「一所にくっついて離れない」というイメージが捉えられ、漢字の造形に使われる。したがって觸は角のある獣が角を一点にくっつけて(角で一点を突いて)ふれる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって上の①②の意味をもつt'iukを表記した。