「臣」

白川静『常用字解』
「象形。上方を見ている目の形。大きな瞳を示している。臤は臣に又(手の形)を入れて眼睛を傷つけ、視力を失わせることをいう。そのようにして視力を失った瞽者(盲目の人)が神につかえる臣とされた。神につかえる者の意味から、のち君につかえる“おみ、けらい”の意味となる」

[考察]
臣が大きな瞳の形とすれば、視力のよい目であるはず。これが盲目にされて神に仕える人の意味になるとは理屈に合わない。「民」の項では「眼睛を突き刺している形で、視力を失わせることをいう。視力を失った人を民といい、神への奉仕者とされた」とある。臣と民が混乱している。民は目を傷つけた形に見えるが、臣は傷つけていない瞳であるのは明らか。上は恣意的な解釈というほかはない。
臣は上を向いている目というが、臥・臨・監・覧では下を向いている目である。
目は正面から描いた目の形であるが、臣は横向きの目を描いている。これはなぜか。君主や主人の前でかしこまっている家来の目なのである。だから臣はうつむき加減の目である。うつむき加減の目に焦点を当てて、家来を意味する古典漢語ghien(推定音。呉音ではジン、漢音ではシン)を表記するのである。古典に次の用例がある。
 原文:率土之濱 莫非王臣
 訓読:率土ソットの浜ヒン 王臣に非ざるは莫し
 翻訳:陸地の果てのどこまでも 王の家来でないものはない――『詩経』小雅・北山
臣は最初から君主や主人に仕える家来の意味である。失明させられて神に仕える奉仕者などという意味ではない。
臣は堅・緊・賢・腎などの基幹記号である臤のコアイメージを提供する記号にもなる。どんなコアイメージか。
臣は見張った目玉の形である。横から見た目玉、また、うつむき加減の目玉である。これに焦点を当てて、殿様の前でかしこまり、あるいは平伏する家来を表すのが臣である(391「緊」、472「堅」を見よ)。臣には「堅く緊張する」「堅く張り詰める」「堅く引き締まる」というコアイメージがある。