「信」

白川静『常用字解』
「会意。言はᄇ(祝詞を入れる器の形)の上に、刑罰として加える入れ墨用の大きな針を置いて神に誓いをたてることばをいう。神に誓いをたてた上で、人との間に約束したことを信という。それで“まこと、まことにする”の意味となる」 

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。 言(神に誓いを立てる言葉)+人→神に誓いをたてた上で、人との間に約束したことという意味を導く。これが「まこと」の意味になるという。
言の字形の解釈と意味の取り方についての疑問は489「言」で述べた。「神に誓いをたてることば」というのは字形の解釈であって意味ではない。言は単に「ことば」の意味である。信の解釈も同様である。信に「神に誓いをたてた上で、人との間に約束したこと」といった意味はない。図形的解釈と意味を混同している。
意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から判断し理解されるものである。信は古典に次のような用例がある。
①原文:謂予不信 有如皦日
 訓読:予信ならずと謂はば 皦日キョウジツの如きもの有り
 翻訳:私がでたらめだとおっしゃるなら お天道様に誓ってうそじゃない――『詩経』王風・大車
②原文:無信人之言 人實不信
 訓読:人の言を信ずる無かれ 人は実(まこと)に信ならず
 翻訳:人の言葉を信じてはだめ 人はほんとうに不実だから――『詩経』鄭風・楊之水
③原文:其中有信。
 訓読:其の中に信有り。
 翻訳:その[宇宙の始まりのカオスの]中に確かなしるしがあった――『老子』二十一章
④原文:尺蠖之屈以求信也。
 訓読:尺蠖セキカクの屈するは以て信(の)びんことを求むるなり。
 翻訳:シャクトリムシがかがまるのは、次に伸びようとしたいからだ――『易経』繫辞伝下

①は内容が確かではっきりしている(うそ・偽りがない)の意味、②は確かだと受け取って疑わない意味(後の信は①と同じ)、③は約束のしるし(合図、シグナル)の意味、④はまっすぐ伸びる意味である。これを古典漢語ではsien(呉音・漢音でシン)という。これを代替する視覚記号として信が考案された。
信は「言(イメージ記号)+人(限定符号)」と解析する。言は「ことば」の意味であるが、その根源にあるのは――(のっぺらぼうな音声)が―|―の形に区切られたものというイメージである(489「言」を見よ)。だから言は「はっきりと区切りをつける」というイメージ、また「はっきりとけじめがついている」というイメージも表すことができる。したがって信は人の言行がはっきりけじめがついて明らかである状況を暗示させる。この図形的意匠によって①②の意味をもつsienを表記する。
字源からは①②は説明できても、③④が説明できない。ここで語源の出番である。sienという語は迅・進・伸と同源で、「まっすぐ進んでいく」「スムーズに通っていく」というコアイメージをもつ言葉である。「スムーズに通っていく」のイメージから、すいすいと伝わる便りの意味、また、意図をスムーズに伝える合図やシグナルの意味(上の③)が生まれる。また「(前方に)まっすぐに進んでいく」というイメージは「すいすいと伸びていく」というイメージに展開し、④の意味が実現される。
①②の意味も実は「スムーズに進む」というコアイメージからの展開であることが分かる。すなわち、うそや偽りがないからスムーズにコミュニケーションが成り立つのである。AとBの間にスムーズに意思伝達が行われるのが「まこと」(信実、うそ・偽りがないこと)であり、「信じる」こと(信用・信頼)である。