「唇」

白川静『常用字解』
「形声。音符は辰。辰は蜃(はまぐり)のもとの字で、はまぐりなどの貝が足を出して動いている形で、肉片などが動くという意味がある。それに ᄇ(祝詞を入れる器の形)を加えて、占いをするの意味であろう。脣(くちびる)と通用して、“くちびる”の意味に用いる」

[考察]
「くちびる」を意味する古典漢語はdiuen(呉音でジュン、漢音でシュン)である。これを代替する視覚記号として最初は脣が考案されたが、後に字体が変わって唇が作られた。唇は『説文解字』に「唇は驚なり」とあるが、用例のない字である。脣から字体を変えた唇はこれとは無関係である。
白川は唇を「占いをする」の意味とし、「くちびる」は脣の借用としている。これではなぜ「くちびる」を表すのに辰が使われているのかの理由が分からない。不十分な字源説である。
脣は「辰(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と解析する。辰は舌を出している大きな二枚貝を描いた図形で、蜃の原字である。蜃はハマグリではなく、シャゴウというシャコガイ科の貝である。ただし実体に重点があるのではなく、形態に重点がある。二枚貝が舌を出して震えているように見える姿から発想して、「弾力性があってぶるぶると震え動く」というイメージを辰で表すことができる。「くちびる」は物をしゃべる時ぺらぺらと弾力的に動く。だから脣の字が作られた。肉は身体の意味領域に限定する符号である。「くちびる」は口とも関係があるから、限定符号を肉から口に替えて唇となった。