「振」

白川静『常用字解』
「形声。音符は辰。辰は蜃(はまぐり)のもとの字で、はまぐりなどの貝が足を出して動いている形で、動くの意味がある。手でゆり動かすことを振といい、“ふる、ふるう”の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項は形声の説明原理にほぼかなっている。はまぐりという実体からではなく、「動く」という意味から字源を説いているからである。ただし字形から意味を求める手法であることには変わりない。
意味とは「言葉の意味」であって字形に求めるべきではなく、言葉の使われる文脈に求めるべきでである。振は次のような文脈で使われている。
 原文:六月莎鷄振羽
 訓読:六月莎鷄羽を振るふ
 翻訳:六月にクツワムシは羽を振るう――『詩経』豳風・七月
振はぶるぶると揺すって動かす意味に使われている。これを古典漢語ではtien(呉音・漢音でシン)という。これを代替する視覚記号として振が考案された。
振は「辰(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。辰は舌を出している大きな二枚貝を描いた図形で、蜃(シャゴウ)の原字である。ただし辰にそんな意味はない。漢字の造形法は実体に重点を置くのではなく、形態や機能に重点が置かれる。シャゴウはシャコガイ科の大きな二枚貝で、舌を出している姿が震えているように見える。この形態的特徴から発想されたのが辰という記号であり、「弾力性があってぶるぶると震え動く」というイメージを表すことができる。かくて振はこのイメージが手の動作に限定されて、手をふり動かす情景を設定した図形である。これは図形的意匠であって意味そのものではない。意味は上記の通りである。図形的意匠はあくまで意味を近似的に暗示させるだけである。