「進」

白川静『常用字解』
「形声。音符は隹。隹は鳥の形で、鳥占いによって軍の進退を決め、進軍させることを進といい、“すすめる、すすむ”の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、すべて会意的に説く特徴がある。隹(鳥)+辵(辶)→鳥占いによって軍の進退を決めて進軍させるという意味を導く。
字形から意味を求めると、隹(鳥)と辵(進む)から「鳥が進む」になりそうなもの。なぜ鳥占いや軍隊が出てくるのか分からない。だいたい鳥占いで軍を進退させるとはどういうことか。証拠のない習俗(?)から字形を解釈している。
字形から意味を求める方法は誤っている。意味とは「言葉の意味」であって字形にあるのではない。言葉の使われる文脈から求めるべきである。進は古典で次のような文脈で使われている。
①原文:進厥虎臣 闞如虓虎
 訓読:厥(そ)の虎臣を進むること 闞カンとして虓虎コウコの如し
 翻訳:勇猛の臣を前進させることは たけり吼える虎のようだ――『詩経』大雅・常武
②原文:子謂顏淵曰、惜乎、吾見其進也、未見其止也。
 訓読:子顔淵に謂ひて曰く、惜いかな、吾其の進むを見るも、未だ其の止まるを見ず
 翻訳:孔子は[死んだ]顔淵を評価してこう言った。“惜しい人物だ。彼が進むのを見たが、止まるのを見たことがない”――『論語』子罕

①は前にすすむ・すすめる意味、②はよい方向や高い方向に伸びていく意味で使われている。これを古典漢語ではtsien(呉音・漢音でシン)という。これを代替する視覚記号として進が考案された。
古人は「進は引なり。引きて前(すす)むなり」と語源を述べている(『釈名』)。前の方へ延びていくというイメージで進を捉えている。一方、進は晋・秦・臻・迅・信・疾などと同源の語で、これらは「速く進む」という基本義がある(『漢字語源辞典』)。だから進のコアイメージは「スムーズに(速く)伸びていく」と言い換えてよい。日本語の「すすむ」はススが「水平面で基点から先へ先へと伸びる勢い」を表し、「基点から勢いよく前進していく」が原義という(『岩波古語辞典』)。進と「すすむ」は語源がよく似ている。
図形の進はどのような工夫があるのか。ここから字源の話になるが、字源の前提には語源がある。語源は「スムーズに(速く)前に伸びていく」というコアイメージである。これを「隹(イメージ記号)+辵(限定符号)」で暗示させようとした。隹は小鳥を描いた図形である。これを比喩に用いた。鳥は前へ飛ぶもので退くことはない。辵は進行・歩行に関係があることを示す限定符号。したがって進は前へ前へすいすいと伸びてすすむ情景を暗示させる。
進は足を使って前進することであるが、メタファーによって②の意味(進歩・進展の進)に転義する。なぜこんな用法が出るのか。それは進に「スムーズに前に伸びていく」というコアイメージがあるからである。方向性が重要な要素である。前の方向→高い方向に転じるのは見やすい。だから高い位に昇るという意味(栄進・昇進の進)、世に出て官に仕えるという意味(進士の進)にも展開する。