「慎」
正字(旧字体)は「愼」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は眞。眞は匕(死者の形)と県(首を逆さまに懸けている形)とを組み合わせた形で、不慮の災難にあった行き倒れの人をいう。行き倒れの人を丁重に扱うときの心情を慎といい、“つつしむ” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。眞(行き倒れの人)+心→行き倒れの人を丁重に扱うときの心情という意味を導く。
眞の字形の疑問については967「真」で述べた。誤った字形分析から導かれた真の意味も慎の意味も疑問である。真や慎にそのような意味はない。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉え、語源的に意味を説明する方法である。意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出る。慎は次のような文脈で使われている。
 原文:愼爾言也 謂爾不信
 訓読:爾の言を慎めや 爾信ならずと謂はん
 翻訳:お前の言葉に気を配れ いつかはうそだと言われるから――『詩経』小雅・巷伯
愼は手落ちがないように十分に気を配る意味で使われている。これを古典漢語ではdhien(呉音でジン、漢音でシン)という。これを代替する視覚記号として愼が考案された。
愼は「眞(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。眞は「中身がいっぱい詰まる」というイメージがある(967「真」を見よ)。愼は心に欠けた所や足りない所がなく、思いをいっぱいに保つ状況を暗示させる。この図形的意匠によって、失敗や手落ちなど他人に批判されるようなことがないように、心のすみずみまで気を配って用心することを暗示させる。これが上の用例の意味である。慎重の慎は「つつしむ」と読むが、謹慎の謹(つつしむ)とはコアイメージが違う。謹は言動に注意してかしこまる(控え目にする)という意味である。