「陣」

白川静『常用字解』
「会意。陳と攴(攵)とを組み合わせた形。阜は神が天に陟り降りするときに使う神の梯の形。その神聖な神梯の前に兵車を置く形が陳で、そこが軍の本陣とされたのであろう。本陣に兵車を並べたので“つらねる、ならべる” の意味にもなったのであろう」

[考察]
まず字形分析の疑問。「神梯の前に兵車を置く形」が陳とあるが、陳の右は東であって車ではない。これは陣の説明なのか。しかし陣は「陳+攴」と分析しているから車は消えている。
次に字形の解釈の疑問。「神が天に陟り降りする梯」とは何のことか。こんなものが実在するのか。また、梯の前に兵車を置くとはどういうことか。なぜそこが本陣なのか。すべて疑わしい。
結局陣とはどういう意味なのかが分からない。
陣は陳から分化した字で、陣営の陣はもともと陳の意味の一部である。次の用例がある。
①原文:衞靈公問陳于孔子。
 訓読:衛の霊公、陳ジンを孔子に問ふ。
 翻訳:衛の霊公は陣立てについて孔子に尋ねた――『論語』衛霊公
この用例の陳は軍を配置する(陣立て)の意味で使われている。古典漢語ではdien(呉音でヂン、漢音でチン)という。これに対する視覚記号は最初は陳であったが、後に陣となった。陣は次の用例がある。
②原文:三軍既成陣。
 訓読:三軍既に陣を成す。
 翻訳:三軍はすでに陣形を整えた――『韓非子』外儲説左下

陣は陳の東を車に替えた字である。したがって「陳の略体(音・イメージ記号)+車(限定符号)」と解析する。車が限定符号になっているので、阜(阝)は陳の略体と見る。陳は「並べ連ねる」というイメージがある(これについては「陳」で詳述)。陣は戦車を並べて配置する情景を設定した図形。この意匠によって軍の配列(陣立て)を意味するdienを表記する。