「図」
正字(旧字体)は「圖」である。

白川静『常用字解』
「会意。囗は全体の範囲を示し、中に啚をかく。啚は穀物倉の形の㐭と囗とを組み合わせて、穀物倉のある地域を示す。啚は鄙(いなか、いやしい)のもとの字である。圖は穀物倉の所在地を記入した農園の地図で、“ず、ちず” の意味となる」

[考察]
啚は「㐭+囗」としているが、圖の囗とダブってしまうのは変である。「㐭+口」とすると、口はᄇ(祝詞の器)とする必要がある。しかしこれでは説明がつかないので、口ではなく囗にしたのであろう。また圖を「穀物倉の所在地を記入した農園の地図」とするが、こんな限定的な意味はあり得ない。図形的解釈と意味を混同している。
圖の古典での用例を見てみよう。
①原文:辨其兆域而爲之圖。
 訓読:其の兆域を弁じて之(これ)が図を為(つく)る。
 翻訳:領域を見分けてその地図を作る――『周礼』春官・冢人
②原文:我圖爾居 莫如南土
 訓読:我爾の居を図るに 南土に如くは莫し
 翻訳:お前の住まいをはからうに 南の国がいちばんだ――『詩経』大雅・崧高

①は地図の意味、②は計画する(はかる)の意味で使われている。これを古典漢語ではdag(呉音でヅ、漢音でト)という。これを代替する視覚記号として圖が考案された。
圖と書・著は非常に近く、同源の語である。書・著は「一所に集まる」「定着する」というコアイメージがある。これは「多くのものを一所に集中させる」「一点にくっつける」と言い換えてもよい。町や村などの大きな地形を縮めて書写材料という狭い空間に書きつけたものをdag(圖)というのである。
字源は「啚(イメージ記号)+囗(限定符号)」と解析する。啚は「口(場所を示す符号)+㐭(米倉の形)」に分析する。啚は米倉のある場所、つまり田舎を暗示させる。囗は囲いや枠を示す限定符号である。かくて圖は枠の中に田舎(支配する領域)を写して入れ込む情景を設定した図形。この図形的意匠によって、一定の枠(布や紙など)の中に土地の形を書きつけたもの(地図)を意味するdagを表記した。
意味は地図→物の姿や形を描いたもの→点や線で描いた形と展開する。更に、形あるものをデザインして描く意味となり、心の中で予想や計画を思い描く(はかる)という意味を派生する。これが上の②である。白川は「穀物倉の設置場所ははじめからそういう設計をするので、“計画する、はかる”の意味となる」と説明しているが、意味論的に見て不自然な転義の説明である。白川漢字学説は字形にこだわるので、意味展開の合理的な説明に弱点がある。これは言葉という視座がないからである。