「吹」

白川静『常用字解』
「会意。欠けんは前に向かって口を開いて立つ人を横から見た形で、息をはき、ことばを言い、歌を歌い、叫ぶときの形である。口はᄇで、祝詞を入れる器の形。吹はᄇに息をふきかける形で、祈りの効果を無くするまじないの意味があったのかもしれない。“息をふきかける、ふく”の意味に用いる」

[考察] 
字形の解釈をストレートに意味とするのが白川漢字学説の特徴である。図形的解釈と意味が混同される傾向が強い。口をわざわざ祝詞を入れる器とし、器に息を吹きかけるという図を立ち上げるが、これは想像し難い行為である。この行為が祈りの効果を無くする呪いとはますます理解に苦しむ。息を吹きかけるのが吹の意味だとすれば、口は「くち」と素直に考えればよいことである。
意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。吹の古典での用例を見てみる。
①原文:或歔或吹。
 訓読:或いは歔キョし或いは吹く。
 翻訳:[存在物の中には]ふうと静かに息を吐くものもいれば、ふっと強く息を吹きつけるものもいる――『老子』第二十九章
②原文:鼓瑟吹笙 吹笙鼓簧
 訓読:瑟を鼓し笙を吹き 笙を吹き簧を鼓す
 翻訳:琴を弾き笙の笛を吹き 笙を吹き笛の舌を震わす――『詩経』小雅・鹿鳴
③原文:蘀兮蘀兮 風其吹女
 訓読:蘀タクよ蘀よ 風其れ女(なんじ)を吹く
 翻訳:落ち葉よ落ち葉よ 風がお前を吹きつける――『詩経』鄭風・蘀兮

①は息をふく意味、②は笛などの楽器を吹き鳴らす意味、③は風が吹きつける意味で使われている。これを古典漢語ではt'iuәr(呉音・漢音でスイ)という。これを代替する視覚記号として吹が考案された。
古人は「吹は推なり」と語源を捉えている。吹は気(息)をのどから口を通して推し出すというイメージの語である。ちなみに英語のblowは風が吹く→息を吹く→吹奏する意味へ展開するという。古典漢語の吹は上記のような意味展開をする。順序が少し違うが、吹とblowは意味展開が非常に似ている。
吹は「口+欠」と分析する。欠は人が大きく口を開けている姿で、口を開けて行う行為に関わる限定符号である。「口(くち)+欠(限定符号)」は舌足らず(情報不足)な図形であるが、上記の意味をもつt'iuәrを表記するために考案されたことを考慮すると、単純に人が息を吐く行為を念頭に置いた図形と考えてよい。