「推」

白川静『常用字解』
「形声。音符は隹。隹は鳥の形。鳥占いに用いるもので、推も鳥占いと関係があろう。鳥占いによってことを推測し、推進することをいう」

[考察]
「手+隹」という字形からこんな意味が出るだろうか。そもそも鳥占いによって事を推測・推進するとはどういうことか。理解するのが難しい。
字形の解釈をストレートに意味とするのが白川漢字学説の特徴である。図形的解釈と意味の混同は白川漢字学説の全般的特徴である。
意味はどこにあるのか。白川は字形にあるとして、字形から意味を引き出す。しかしこれは言語学に反する。意味は言葉に内在する概念であって、言葉の使われる文脈からしか知りようがない。古典における推の用例を見てみよう。
①原文:二子者或輓之、或推之。
 訓読:二子は或いは之を輓き、或いは之を推す。
 翻訳:二人のうち一人は前から車を引き、一人は後からおした――『春秋左氏伝』襄公十四年
②原文:旱既大甚 則不可推
 訓読:旱既に大いに甚だし 則ち推すべからず
 翻訳:日照りは今やひどいありさま おしのけるわけにはいかぬ――『詩経』大雅・雲漢

①は重みをかけてぐっと前におし出す(おし進める)の意味、②はある空間や範囲から外におし出す(おしのける)の意味で使われている。これを古典漢語ではt'uәr(呉音・漢音でタイ)またはt'iuәr(呉音・漢音でスイ)という。これを代替する視覚記号として推が考案された。
推は「隹スイ(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。隹は鳥であるが、実体に重点があるのではなく形態に重点がある。隹と鳥とは違い、丸みを帯びてずんぐりした鳥で、その形態的印象から「ずっしりと重い」というイメージを表す記号となる(堆積の堆など)。このイメージは「一点に重みが加わる」「上から下に↓の形に重みをかける」というイメージに転化する。また垂直軸を水平軸に視点を変えれば、「横の方向に←の形に重みをかける」というイメージにもなる。このイメージが推に利用される。推は後ろから手で重み(重力や圧力)を加えて押して前に進める状況を暗示させる図形である。この意匠によって上の①の意味をもつt'uәrを表記する。