「遂」

白川静『常用字解』
「形声。音符は㒸すい。㒸は霊の力を持つ獣。この獣を用いて行為を継続するかどうかを占い、占いの結果、継続することを遂という。それで遂は継続して“なしとげる、なす、とげる” の意味となる。辵は歩くの意味であるから、遂は路上で占うのである」

[考察]
㒸に霊の力を持つ獣という意味があるだろうか。霊を持つ獣とは何のことか。その獣を用いて行為を継続するかどうかを占うとはどういうことか。遂に占いの結果継続するという意味があるだろうか。疑問だらけである。
字形から意味を導くのは無理である。というよりも誤った方法である。意味とは「言葉の意味」であって字形にはないからである。意味は言葉が使われている文脈から判断し把握するものである。古典で遂は次のような文脈で使われている。
 原文:彼其之子 不遂其媾
 訓読:彼の其の子 其の媾を遂げず
 翻訳:私の好きなあの方は 情を通じてくれなかった――『詩経』曹風・候人
遂は物事を最後までやりとげる意味で使われている。これを古典漢語ではziuәr(呉音でズイ、漢音でスイ)という。これを代替する視覚記号として遂が考案された。
遂は推や追と非常に近い。推や追は「上から下に」↓の形に重み(重力や圧力)が加わる」というイメージがあり、「横の方向に←の形におし進める」というイメージに展開する(997「推」を見よ)。遂も同じイメージ転化現象によって生まれた語である。
遂は「㒸スイ(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。㒸は「八(両側に分かれる符号)+豕(ブタ)」に分析できる。ブタの腹が太って↲↳の形に張り出す情景を設定した図形。太ったブタの腹は重みで垂れ下がる状態になるから、㒸は「↓の形に重力がかかって垂れ下がる」というイメージを表すことができる。垂直軸から水平軸に視点を変えれば、「→の形に圧力をかけて推し進める」というイメージに転化する。このイメージから更に「何らかの力を加えて、奥まで(最後の地点まで)到達させる」というイメージが生まれる。辵は歩行や進行に関わる限定符号である。かくて遂は推し進めて最後の地点まで行かせる状況を暗示させる図形である。この図形的意匠によって上記の意味をもつziuәrを表記する。