「随」
正字(旧字体)は「隨」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は隋ずい。隋は阜(阝)と左と月(肉)とを組み合わせた形。阜は神が天に陟り降りするときに使う神の梯の形。左は呪具の工を手に持つ形。隋は神の梯の前に肉を供え、呪具を持ち、祈って神のある所を尋ねる形で、隋の音でよむときは、供えられた祭肉の意味となる。随はおそらく神のある所を求めて、そこに肉を供えるという意味で、“つきしたがう、したがう” の意味となる」

[考察]
神が天に上り下りする梯とは何のことか。こんなものが実在するのか。神のある所を尋ねるとはどういうことか。「天に陟り降りする」と言っているから、神は天にいるのではないのか。つじつまが合わない。また「神のある所を求めて肉を供える」から「付き従う」という意味が出るだろうか。必然性がない。
字形から意味を導くのは無理である。恣意的な解釈になりがちである。意味とは「言葉の意味」 であって、字形に求めるべきではなく、言葉の使われる文脈に求めるべきである。古典に次の文脈で使われている。
 原文:子行而我隨之。
 訓読:子シ行きて我之に随ふ。
 翻訳:あなたが先に行けば、私は後について行きます――『韓非子』説林
隨は他人のあとについていくという意味で使われている。これを古典漢語ではziuar(推定音。呉音でズイ、漢音でスイ)という。これを代替する視覚記号として隨が考案された。
隨は「隋+辵(辶)」と分析する。隋は「隓の略体+肉(月)」と分析する。隓の旁は左を上下に重ねた形。左は「ぎざぎざで形がそろわない」「ちぐはぐで食い違う」というイメージがある(612「左」を見よ)。左を二つ重ねて、「ちぐはぐ」「ぎざぎざ」というイメージを表している。隓は「左二つ(イメージ記号)+阜(限定符号)」を合わせたもの。阜は積み上げた土の形で、盛り土、段々、丘、山などに関わる限定符号である。隓は盛り土や山が崩れて形がぎざぎざになる情景を設定した図形。隋は「隓(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と解析する。肉が崩れて形がぐしゃぐしゃになる状況を暗示させる。隓も隋も「崩れて決まった形がなくなる」「定形がなくぐったりとなる」というイメージがある。かくて隨は「隋ズイ(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。辵は歩行・進行に関わる限定符号である。したがって隨は自分では決まった方向や目的がなく、ただ相手に任せてついて行く状況を暗示させる。この図形的意匠によって、定見がなく他人の後についていくことを意味するziuarを表記する。
おなじ「したがう」でも随は従・順・循・遵とは違う。「形が崩れて定形がなくなる」「しっかりしたものが崩れて無い」というコアイメージが随にあるから、夫唱婦随の随(言いなりについていく)、随時の随(成り行きに任せる)、随意の随(思うがままになる)という使い方でできる。