「正」

白川静『常用字解』
「会意。一と止とを組み合わせた形。一はもと囗に作り、城郭で囲まれている邑まち。止(足あとの形)の古い字形は之(ゆく)と同じで、行くの意味がある。正は城邑に向かって人が進む形で、攻める、攻めて征服するの意味となる。正は征のもとの字である。征服した人々に重圧を加えて税の負担を強制することを政といい、そしてそのような行為を正当とし、正義としたのである。それで“ただしい、ただす” の意味となる」

[考察]
一が囗と同じで城郭で囲まれた町というのもおかしいが、止と之が同じで「行く」という意味とするのもおかしい。字形の解剖に問題がある。さらに、町を攻める→征服する→税を強制する→正当・正義という意味に展開させるのが奇妙である。意味展開に必然性がない。
意味は字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出る。古典における正の用例を見る。
①原文:木從繩則正。
 訓読:木は縄に従へば則ち正し。
 翻訳:木は墨縄を当てるとまっすぐになる――『書経』説命
②原文:其身正、不令而行。
 訓読:其の身正しければ、令せずして行はる。
 翻訳:自分が正しいなら、命令しないでも実行される――『論語』子路

①は空間的にまっすぐである意味、②は間違いや偽りがない意味である。これを古典漢語ではtieng(呉音でシヤウ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として正が考案された。
正は是や適などと同源で、「まっすぐ」というコアイメージをもつ言葉である。曲がり・ゆがみがなくまっすぐな状態をtiengという。空間的にまっすぐである意味から、心理的・精神的にゆがんでいない、よこしまでないという意味に転じる。これは英語のright(正しいの意味)の語源と似ている。rightはラテン語のrēctus(真っすぐな)に由来するという(『スタンダード英語語源辞典』)。
正は「一+止」に分析できる。一は一直線を示す記号。止は足(foot)の形である。足は止まる働きもあれば進む働きもある。止は「止まる」と「進む」の二つのイメージをもつ記号である(681「止」を見よ)。正は一線をめざしてまっすぐ進む情景を設定した図形である。この図形的意匠によって「まっすぐ」というイメージを表現できる。