「生」

白川静『常用字解』
「象形。草の生えている形。草が発芽し、生長することから、人が“うまれる、そだつ、いきる、いのち” の意味となる」

[考察]
ほぼ妥当な字源説であるが、字形から意味が出るというのは真実ではない。歴史的、論理的に述べると、まず言葉があり、次に文字に切り換えたというのが真実である。そして言葉には意味がある。その意味はどのようにして知ることができるのかと言えば、言葉が使われる文脈から判断し理解できる。
生は古典に次のような文脈で使われている。
①原文:乃生男子 載寢之牀
 訓読:乃ち男子を生む 載(すなは)ち之を牀に寝(い)ねしむ
 翻訳:やっと生まれたのは男の子 取り上げてベッドに寝かせる――『詩経』小雅・斯干
②原文:梧桐生矣 于彼朝陽
 訓読:梧桐生ず 彼の朝陽に
 翻訳:アオギリが生えたよ あの山の東に――『詩経』大雅・巻阿
③原文:未知生、焉知死。
 訓読:未だ生を知らず、焉(いづく)んぞを知らんや。
 翻訳:まだ生も知らないのに、どうして死が分かる――『論語』先進

①は子をうむ、うまれる意味、②は草木がはえる意味、③は生命を得て生存する(いきる、いのち)の意味で使われている。これを古典漢語ではsïeng(呉音でシヤウ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として生が考案された。
まず語源について。生は青と同源の語である。青は「汚れがなく清らか」というコアイメージがある。生命が誕生したばかりで新しく生き生きしている状態から発想された言葉がsïengで、「汚れがなくすがすがしい(清らかに澄み切っている)」というコアイメージがある。
次に字源。生は「屮+土」がドッキングした字である。屮は草の芽の形である。したがって生は土の中から草の芽がはえて出てくる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって、生命が生まれ出ることを暗示させる。
意味は上の①、②、③へ展開するが、そのほかに、無から出てくる意味(発生の生)、新鮮で生き生きしている(なま、き)の意味(生気・生鮮の生)、未熟なもの(まだ修行・勉強の途中にあるもの)の意味(学生の生)などがある。日本語では「うむ」「はえる」「いきる」「なま」「き」は別語であるが、古典漢語ではこれらすべてを生がカバーするのである。