「西」

白川静『常用字解』
「仮借。甲骨文字と金文の字形は粗目の籠の形。おそらく鳥の栖の形であろう。西を方位の名の“にし” の意味に用いるのは、その音を借りる仮借の用法である」

[考察]
西は籠の意味も鳥の巣の意味もなく、最初から方位の名である。字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法であるが、字形と意味を結ぶ解釈ができないので、仮借説に逃げたふしがある。東西南北のうち北だけが仮借説ではない。北は字形と「きた」の関係の説明がつくが、あとは説明がつかないらしい。しかし仮借説はなるべく避けるべきである。
字形から意味を求めると「にし」の意味は出てこない。言葉という視点に立ち、なぜ方位の「にし」を古典漢語でser(呉音でサイ、漢音でセイ)というのかと、発想を変えるべきである。
他の言語における方位観を参考にする。日本語の「にし」の語源は、ニはイヌ(往)の活用形イニのニ、シは風、転じて方向の意味で、ニシは日の去る方向の意味という(『岩波古語辞典』)。また英語のwestは日没が原義という(『スタンダード英語語源辞典』)。
古典漢語serの語源を究明したのは藤堂明保である。藤堂はこの語は四・死・遷・細・私・洗・洒などと同じ単語家族に属し、これらはSER・SENという音形と、「細かく分かれる」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。「細かく分かれる」は「分散する」と言い換えてよい。東は太陽が突き通って出てくるというイメージで捉えられたが、これと反対の西は太陽が沈み、光が分散していくというイメージで捉えられた。
その方位を西という図形で表現する。西はざるの象形文字である。しかし実体に重点があるのではなく形態や機能に重点がある。ざるは形態的には細かい隙間が開いており、機能的には水を通す。だから「分散する」というイメージを表すことができる。かくて太陽の光が緩くなり分散しながら没していく空の状況を捉えて、「にし」の方位の意味をもつserを西の図形で表記した。