「斉」
正字(旧字体)は「齊」である。

白川静『常用字解』
「象形。髪に三本の簪をさした形。同じ長さの三本の簪を立てて並べた形。それで“ひとしい、ととのう、そろう” の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。同じ長さの三本の簪→ひとしいという意味を導く。
簪というものは髪に挿すものだが、立てて並べるものだろうか。これがひっかかる。髪や簪は関係がなく、ただ長さの等しい線や棒だけでよいはず。なぜ簪にこだわるかと言うと、齋を「斎戒して神に仕える」と解釈したいため、齊を「祭祀に奉仕するときの三本の簪を立てて並べている婦人の髪飾り」(632「齋」の項)と解釈するのである。
意味は「言葉の意味」であって字形から出るものではなく、言葉の使われる文脈から出るものである。齊は古典に次の用例がある。
①原文:兩服齊首 兩驂如手
 訓読:両服は首を斉(そろ)へ 両驂は手の如し
 翻訳:[車馬は]中の二頭は頭をそろえ 外の二頭は両手のよう――『詩経』鄭風・大叔于田
②原文:道之以德、齊之以禮、有恥且格。
 訓読:之を道(みちび)くに徳を以てし、之を斉(ととの)ふるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格(ただ)し。
 翻訳:徳で導き、礼できちんと治めれば、民は廉恥の心をもち、品行が正しくなる――『論語』為政

①は等しく並びそろう(そろっている、ひとしい)の意味、②は乱れをきちんと整える(等しくする)の意味で使われている。これを古典漢語ではdzer(呉音でザイ、漢音でセイ)という。これを代替する視覚記号として齊が考案された。
齊の中にある「二」を除いた部分が原形で、㐃の形を三つ並べた図形である。『説文解字』では穀物の穂とし、白川は簪としているが、実体にこだわり過ぎる。『説文繋伝』に「三物相斉し」というのが妥当である。実体に重点を置くのではなく、形態や形状に重点を置くのである。だから三つの同じようなものがそろって並ぶというイメージを示す象徴的符号と解すべきである。「並ぶ」というイメージを示すために、更に「二」を添えたのが齊である。この図形でもって上記の①の意味をもつdzerを表記した。